忘れ得ぬことども

小学生大量殺傷事件について

 大阪で小学校に乱入して23人の生徒や先生を刺しまくり、うち8人が死亡したという包丁男の事件はまったく暗澹たる気分にさせられます。
 私は本来、何か話題になるような事件が起きた時、ニュースキャスターやらコメンテイターやらいう連中が
「常人には考えられない犯行です」
などとしたり顔で言うのが大嫌いです。常人という安全地帯にいて、犯人を自分とは異質なものとして語る評論家づらには我慢なりません。どんな人間にでも心の闇というものがあって、それが発現するかどうかは置かれた環境次第だと思っています。自分も環境いかんによっては、もしかしたらああいう事件を起こしてしまっていたかもしれない、という恐怖を抱くところからこそ、事件の理解につながるような気がするのですが。
 ただそれは、誰にでもあり得ることなんだから犯人にはなるべく軽い刑を与えるべきだ、ということではありません。行為は行為としてきちんと償うべきだと思います。理解と同情は別ものです。
 今回の事件は、行為としては到底許し難いものに属します。
 犯人は、

 ──何もかもいやになって、自殺しようとしたが果たせなかったので、死刑になって死のうと思った。

 などと供述したそうですが、「何もかもいやになって……」というところはわからないでもありません。しかし、本当に死のうと思ったのなら、いっそヤクザの事務所にでも包丁を持って乱入すれば、たぶん確実に死ねたでしょうに、抵抗しようもない子供たちを狙ったというところがどうにも卑劣です。
 それに、何度も自分の意志で精神病院に入院しているというのだから、自分の精神状態については病識があったのでしょう。
 またさらに、犯行前に大量の精神安定剤を飲んでラリったというのは、どうも意識的に「責任能力のない状態」を作ったように思えます。捕まってもどうせ精神鑑定で不起訴になると多寡をくくっていたのではないでしょうか。本当に死ぬ気なんかこれっぽっちもなかったような気がします。いや、意識の表層では死ぬつもりだったとしても、いわゆる自殺マニアと同じく、一皮めくれば甘えきった心理に満ち満ちていたに違いありません。
 ラリった揚げ句に見境無く小学校に乱入したのではなく、計算ずくで(無意識の計算であったとしても)ラリったように思えてならないのです。犯行時点のみの心神喪失だけで、責任能力の欠如を言ってよいものでしょうか。
 ヤクザの事務所でなく小学校を選んだという一点だけでも、この男は自分が何をしようとしているか、そしてその結果がどうなるかという自覚はあったものと思われるのです。

 この男は前にも事件を起こして精神病院に収容された経歴がある上、周囲から見ても見るからに変なヤツだったそうです。
 周囲から見て見るからに変なヤツということになると、私もちょっと危ないかもしれませんが、それにしても肝心の病院の医師はどこを見ていたのだろうというやり切れなさを感じます。
 前の事件の時の措置入院は一ヶ月で済んだと言いますし、その後の自発的な入院にしても数日で退院になっていると言います。しかも精神分裂症という診断さえ下されていたという話なのに、どうして野放しにしておいたかなあ。
 もちろん、精神病者に偏見を持つべきでないことは承知していますし、隔離すればよいというものではないということもわかっているつもりです。なるべく開放的な環境の中で治療をしてゆくのが近代精神医療の傾向になっているのも知っています。
 それにしても、というよりはそれだからこそ、在宅患者へのケアがもっと充実していなければならないでしょう。過去実際に事件を起こしているのだから、危険性はわかっていたわけです。ちょくちょく様子を見に行くとか、もう少し長い入院を勧めるとかできなかったものでしょうか。
 医師の責任は重いと思います。
 ただ、男の罪が、医師の責任分だけ軽くなるというわけではありませんが。

 この男の、投げ槍になった気分そのものは理解できないわけではありません。
 そして、この男の卑劣さや甘えも、それに共通したものが私の中にもあることを自覚します。
 それらが組み合わさった時に、自分が同じような事件を絶対に起こさないと断言できるか、それほどの自信は持てない気がいたします。
 しかし、繰り返しますが、だからと言って刑を軽くするべきではありません。
 8人もの子供の将来を完全に断ち切ったということの罪は、どう考えても情状酌量の余地はないものです。なんとか死なずに済んだ子供たちはもちろん、刺されずに逃げ切れた子供たちにしても、この先長いトラウマに苦しむことが想像できます。その重みは彼自身が背負うべきです。
 望み通り死刑にしたところで、この男が自己の罪深さに気づくかどうか疑問です。こういうのは終身刑がよいのでしょうが、なんと日本には終身刑という刑罰はないのですね。無期懲役というのは終身刑ではなく、文字通り「期間を定めない懲役」に過ぎず、たいてい15年くらい、刑務所内での心証がよければ10年かそこらで出られるそうです。
 まあいずれにしろ、不起訴処分という結末にはして貰いたくないものです。もしそうなったら今度こそ隔離病棟に閉じこめて事実上の終身刑にするべきでしょう。
 この意見、残酷だと思いますか?

(2001.6.9.)

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