忘れ得ぬことども

自分の名前について

 私の本名の猪間道明というのは、苗字も名前もかなり珍しい部類に属するようです。
 名前のほうはまだ時々見かけることもありますが、それほどざらにはありません。
 道の字は、私が北海道生まれであったためにつけられたようです。両親とも北海道の人間であれば、ことごとしく道などの字は用いなかったかもしれませんが、父は北海道人ではなく、仕事の関係でたまたま札幌に赴任していただけでしたから、そこで生まれた子供に記念として道の字をつけたのもうなづけます。明の字のほうは、父の名前の一文字でした。
 道明という名は作詞家さん、マンガ家さん、アニメーターさんの名前で見かけたことがあります。またミチアキという同じ音で、道昭、倫明などの文字を使っている人も見たことがあります。
 歴史上の人物としては、戦国時代の薩摩・島津家の家臣に伊集院道明なる人物が居たというような話を聞いたことがありますが、定かではありません。何やら僧名のような字面なので、ドウミョウと読ませるお坊さんも居たかもしれませんね。
 滅多にない名前なので、同名を見たり聞いたりするとつい気になってしまいます。サトシとかアツシとか、よくある名前の人の感覚というのがなかなかわかりづらいです。

 苗字のほうも滅多にお目にかかることがありません。出来合いのハンコはまず絶対にないので、いつもハンコは持ち歩いています。
 イノマタさん、と間違われることもしばしばです。一昨年の末、使っているプロバイダのat-homeから、突如としてすべてのコンテンツが消えてしまうという事故がありましたが、これは年会費が引き落とされなかったからで、調べてみるとプロバイダの登録名が「イノマタ」になってしまっていたのでした。その年の春に引き落とし口座のある銀行が合併して新しくなった際、向こうで名前を再登録するにあたってうっかり間違えてしまったようです。イノマタ、イノツメ、イノクマといったような苗字はよく聞くのに、どういうわけかイノマというのは非常に珍しいのでした。
 少なくとも、関東地方に居住している猪間姓の人は、遠い近いの差はありますがみんな親戚と思われます。

 先日、大阪在住の未知の人からメールが届きました。私と同姓の人だったので驚きました。
 「猪間」という苗字でネット検索をかけると、大半は私のことばかり出てくるのですが、その人も自分の苗字を検索してみて、やたら私のことがヒットするので興味を持ったらしいです。

 ──札幌でお生まれとのことですが、北海道には多い苗字なのでしょうか?

 と質問されましたが、上記の通り、たまたま父が札幌赴任中に私が生まれたというだけで、北海道とは関係がありません。
 その人は、京都府綾部市の生まれだということが書いてありました。
 実は、私の先祖は綾部に居たらしいのです。現在綾部市内に含まれていますが、江戸時代、山家(やまが)藩という小さな藩がありました。今でもJR山陰本線で綾部の隣に山家駅があります。小藩も小藩、一万石というから大名としては最小の小藩です。一万石を切ると大名とは呼ばれず、旗本になってしまいます。
 山家藩の始祖は谷衛友(たにもりとも)という人物で、信長・秀吉に地道に仕えたようです。細川幽斎の歌道の弟子でもあって、関ヶ原の戦いの時、西軍に属して幽斎のこもる田辺城攻めに加わりましたが、師匠を攻めるわけにはゆかないというのでサボタージュし、おかげで改易されずに済んだという人物です。まあ決して大物でもなんでもありませんが、幕末まで一度も国替えも減封もされずに生き延びた(一度だけ分知──領地の分割──により一万六千石から一万石に減少)というのは、それなりに才覚のある殿様が続いたのでしょう。
 私の先祖は、いつの頃かこの谷家の殿様に取り立てられて武士になった人物だったそうです。武士になる前は何をしていたのか、何しろ丹波の奥深い山の中ですし、貰った苗字から考えても、イノシシを獲っている猟師か何かだったのかもしれませんね。武芸ではなく、学問の功績で取り立てられたのだと聞きました。

 私はこの猪間ナニガシの子孫であるわけですが、もちろん嫡流でもなんでもありません。早い話が父は次男坊ですし、祖父は三男坊ですし、曾祖父以前のことは知りませんが、要するに分家も末の傍流です。
 綾部で生まれたという、メールをいただいた未知の「猪間」さんは、こうして考えてみるとおそらく同族なのだろうと思いますけれども、本貫の地で生まれただけに、たぶんずっと本流に近いのではないかと思います。
 もう十数年前になりますが、父の世代の親戚たちが集まって、綾部へ出かけたことがありました。ルーツを探る旅というところだったのでしょう。ぜひ同行したかったと思うのですが、私の世代には声がかかりませんでした。私が歴史好きだということを、父もその頃は知らなかったのかもしれません。
 私は私で、いずれ出かけてみたいと思っています。これだけ旅行好きなのにまだ行っていないのは、もう少し下調べをしてからでないと、行ってみてもよくわからないのではないかと思うからで、そのうち父に話を聞いてみるつもりです。
 メールをいただいた大阪の人は、私とほぼ同じくらいの齢のようです。何親等ということになるのかも定かではありませんが、そのうちご一緒に山家へ行けたりしたら面白いな、などと考えています。

(2005.1.19.)

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