土星を周回中だった探査機カッシーニが、2004年末衛星タイタンに向けて衛星探査機を発射し、探査機ホイヘンスは2005年1月15日に無事タイタンに着陸を果たして、さまざまな探査をおこなっています。 火星以遠の天体に「着陸」したのはこれが初めてのことではないかと思います。木星の衛星には、接近して周回軌道から探査をおこなったものの、確か着陸はしていなかったような(私の記憶違いだったらすみません)。 それは多分、タイタンという星がかなり分厚い大気に覆われていて、着陸してみないと様子がわからないという事情があったからでしょう。
タイタンに大気があるというのは昔からわかっていて、私が子供の頃に読んだ本にも書いてありました。当時は「太陽系でただひとつ大気を持つ衛星」と書かれていたと記憶しています。現在は観測技術が進んで、木星のイオやエウロパ、海王星のトリトンなどにも大気があることがわかってきましたが、いずれも稀薄なもので、観測の邪魔になるほどのものではありません。しかしタイタンの大気は1.5気圧もあり、地球よりも濃いというのです。 かなり長いこと、タイタンは太陽系最大の衛星とされてきましたが、これも大気があるための錯覚だったそうで、固体部分を比較すれば木星のガニメデのほうが大きいこともわかっています。大気が濃くて、正しい大きさがなかなか測定できなかったのでした。
なんでまたタイタンだけにそんな濃い大気があるのか、謎と言うほかありません。 普通に考えれば、大気は引力の強い大きな天体にはたくさんあり、小さな天体にはないと考えるのが常識でしょうが、必ずしもそう単純な話ではないようです。 太陽系内の天体のうち、太陽自身と木星・土星はガスが主体で、固体部分はあったとしてもごく僅かだろうと思われますので、大気の有無は問題ではありません。天王星と海王星は氷と岩石からなる地殻を持つと考えられますが、これらもかなり分厚い大気が存在します。 地球型の惑星5つ(水星・金星・地球・火星・冥王星)のうち、金星・地球・火星には大気があります。ところが不思議なことに、その濃さというか厚さには大差があり、地球はもちろん1気圧なのに対し、ほぼ同じ大きさであるはずの金星は100気圧もの大気をまとっています。地球の半分くらいの直径を持つ火星は1/100気圧程度しかありません。金星と地球の大気圧がこれだけ違うのは、組成の差(金星は二酸化炭素、地球は窒素が主成分)が大きいと思われますが、それだけではなさそうです。 水星には全く大気がなく、冥王星はあったりなかったりするようです。近日点に近づくと、固体の表面が微妙に溶けて、揮発性の気体による大気が生まれるそうな。 ちなみに、ガニメデとタイタンは水星より大きな衛星です。 水星に大気がないのは、おそらく太陽に近すぎたため、過去僅かにあった大気も、強烈な太陽風によって吹き飛ばされてしまったと考えるのが妥当ではないかと思います。 しかし、タイタンより大きく、諸条件もそんなに違わないように思えるガニメデに大気がないらしいのは奇妙な話です。 水星より小さく冥王星より大きい衛星が5つあります。木星のカリスト、同じくイオ、地球の月、木星のエウロパ、そして海王星のトリトンです。上記の通りイオ・エウロパ・トリトンには大気が確認されていますが、カリストと月にはありません。どうもこの程度のサイズの天体(半径1000キロ〜10000キロ程度)の場合、その大きさと大気の有無(濃さ)には、あまり直接的な関連性がないような気がします。まとめると、
名前 |
半径 |
大気 |
地球 |
6378 |
1気圧(窒素が主) |
金星 |
6052 |
100気圧(二酸化炭素が主) |
火星 |
3398 |
1/100気圧(二酸化炭素が主) |
ガニメデ |
2631 |
なし |
タイタン |
2575 |
1.5気圧(窒素が主) |
水星 |
2439 |
なし |
カリスト |
2400 |
なし |
イオ |
1815 |
稀薄(二酸化硫黄が主) |
月 |
1738 |
なし |
エウロパ |
1569 |
稀薄(酸素が主) |
トリトン |
1353 |
稀薄(窒素が主) |
冥王星 |
1160 |
あったりなかったり |
小さいほうのは薄いのが多い、ということはわかりますが、「なし」の入り方がかなりランダムですし、タイタンの1.5気圧というのはやはり異彩を放っているように思えます。金星のように重いガスが主成分だからというのではなく、地球と同じく窒素を主とする大気らしいですし──もっとも、窒素の次に多いのが、地球では酸素であるのに対してタイタンではもう少し重いアルゴンであるようで、その差が案外ばかにならないのかもしれませんが…… ともあれ、タイタンになぜ大気があるのか、そしてタイタンにあるにもかかわらずガニメデやカリストにはなぜないのか、というのはたいへん興味深いミステリーと言えましょう。
探査機ホイヘンス(タイタンの発見者からとった)はかなりのスピードで着陸したにもかかわらず、衝撃が意外と小さく、おそらく泥状になったところに下り立ったのだろうとのことです。 ということは、タイタンの表面には液体が存在するということです。果たして、液体によって作られたとしか思えない地形や痕跡の写真が次々と送られてきました。川や泉があり、雨も降るらしいのです。海があるかどうかまではまだわからないようですが…… 零下180度という極低温ですから、この液体は水ではなく、液化したメタンです。
──地球上で水が果たしている役割を、タイタンではメタンが担っているようだ。
と探査責任者が話しているそうです。
そうなると次には、生命との関連やいかに、ということになります。メタンをはじめとする有機物がごちゃごちゃと集まっているところへ、落雷で電撃が加わったり、紫外線が降り注いだりして生命が生まれた、というのが現在のところいちばん有力な説のようです。水の代わりにメタンが流れているようなタイタンの環境は、原始時代の地球とよく似ていると言えるかも知れません。落雷や紫外線はどうなのでしょう。 零下180度という低温下では、分子の活性も低いので、生命を産み出すほどの有機高分子はできそうもありませんが、こういうのは確率の問題である以上、充分な時間をかければ全くできないと決まったものでもありますまい。われわれには到底生命活動として認識できないほどに不活発な、おそろしく緩慢な生物が生まれていたりして。 少なくとも有機物が大量にある点、火星よりは可能性が高そうな気がしますね。
写真はどういう処理をしているのかわかりませんが、大体肉眼で見た時と同じような状態に調整されているとすれば、案外明るいのにも驚きました。 土星の太陽からの距離は地球のほぼ10倍、ということは太陽の明るさは地球で見る約1/100ということになります。地球で見る太陽はマイナス27等星で、星の明るさの等級は5違うとちょうど100倍の差ということに定義されていますから、土星で見る太陽はマイナス22等星。なるほど、冷静に考えてみると夕暮れ程度の明るさにはなりそうです。 ちなみに、冥王星になると土星のさらに4倍ちょっと遠くにありますから、太陽の明るさはさらに1/20くらいになりますけれども、実は等級としては3あまり下がるに過ぎません。地球で見る満月(マイナス12.6等星)よりも遙かに明るい、ということは全体としても地球の月夜よりはずっと明るいわけです。外側の惑星といえば、暗い空に小さな太陽がかすかに輝いて見える程度の、冷え冷えとした光景を想像していたのですが、どうやらそうでもないらしい。つくづく、太陽というのは偉大な存在であると思います。
探査機ホイヘンスは今後もいろいろなデータを送り続けてくることでしょう。どんなことがわかるか、まったく楽しみです。
【追記】その後、冥王星が「惑星」の地位から滑り落ち、冥王星より大きい遠方天体エリスなどと共に、「準惑星」ということになってしまいました。エリスの大気はどうなっているのでしょうか。
(2005.1.23.)
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