III
昨日は朝から出かけて名古屋へ行って参りました。7日に開催されるぶんげんさんのリサイタル「present」のリハーサルに顔を出すためです。私のピアノ曲『気まぐれな三つのダンス』が作曲14年目にしてはじめて公式の場で演奏されるのと、新作モノドラマ「愛のかたち〜パラクレーのエロイーズ〜」の初演が含まれる演奏会ですから、放っておくわけにはゆきません。 特にモノドラマのほうは、フルートとピアノの他、賛助出演のソプラノ歌手とヴァイオリンを含めた4人全員のアンサンブルによるもので、これまでの合わせに際して奏者の間で意見の対立なども生まれている様子です。対立するだけの意見を作品に対して持つということは、それだけ思い入れをしていただいているということでもあり、作曲者としては実にありがたい話なのですが、そのままにはしておけません。 おそらくほとんどの対立点は、作曲者の鶴の一声で決まってしまうと思われます。私は自作の演奏について、あまりうるさいことは言わず、むしろ演奏者がどのように料理してくれるかを楽しむほうなのですが(だから自作自演というのはあまり好きではありません)、初演についてはやはり責任を持たなければならないでしょう。学校時代に、単位を貰うためには作品提出をしなければなりませんでしたが、審査方法として譜面審査の場合と演奏審査の場合があり、後者のものについては、演奏者がミスでもすると容赦なく減点されました。
──演奏がまずいのは、作曲者の責任である。
という考え方で貫かれていたようで、初演に関しては現在の私もその考え方に賛成です。 そんなわけで、初演の本番ではじめて聴くなどということはないように心がけたいと思っていますが、今回は何しろ遠隔地であるため、そう頻繁に赴くというわけにもゆかず、かろうじて本番約一週間前の昨日になって行くことにした次第です。
私の性癖からすると、1日に名古屋へ行ってしまえば、そのまま家には帰らず、7日の本番まであちらをふらふら、こちらをふらふらとさまよっていたいようでもあったのですが、そうもゆきません。Chorus
STの本番は入っているわ、人と会う約束はあるわで、どうしても若い頃のようにはゆかないのでした。 ともあれ今回はとんぼ返りせざるを得ない状況で、しかし例によって新幹線など使いたくはなく、昨日の朝早く出かけて東名高速バスに乗った次第です。 バスはゴールデンウィーク中ということもあってかなり混んでいたのですが、からだがでかいことのメリットのひとつとして、私が先に二人掛け座席に陣取ってしまうと、あとから乗ってきた客は、他の座席がいっぱいになるまでは私の隣には坐ろうとしません。おかげで、窮屈そうな他の大多数の客を尻目に、私は悠々ふたり分の席を独占できました。 道路のほうはさほど混んでおらず、バスはほぼ定刻通りに運行して名古屋インターを下りました。しかし、そこから先の名古屋市内の一般道が渋滞しています。何度も名古屋までのバスには乗ったことがあって、高速道そのものよりむしろ下りてから時間がかかることを知っていましたから、終点の名古屋駅までは行かず、途中の星ヶ丘で下車して、あとは地下鉄で合わせの会場(栄駅近く)に向かいました。
余裕を見て早めのバスに乗ったため、少し時間が余ってしまいましたが、適当に潰してから合わせの会場に行ってみると、当日プログラムのひとつであるバッハの『音楽の捧げもの』のトリオソナタを練習していました。ひと通り最後まで通したのち、ぶんげんさんとヴァイオリンの横田真規子さんとの間に、テンポのことなどについて意見の対立があって、しばし言い合いが続きました。なるほどこういう調子なのかと興味深く拝見しているうち、私のほうにも意見を求められたもので、もっともらしいことを言っておきましたが、最終的にはプロ同士のことですから、もちろん合意に達します。 やがてソプラノの勝野恵美子さんが到着されて、「愛のかたち」の合わせが始まりました。 第一楽章などほとんどピアノ抜きで進行するせいもあって、合わせにはだいぶ苦労した形跡が見られました。しかし、勝野さんの歌がテンポ感といい音程といい非常に明晰でしたので、フルートとヴァイオリンもおそらくそれぞれが歌との関係で音楽を作ってゆけば問題はなかろうと思います。 大変だろうと思っていた第二・第三楽章が、むしろとてもいい感じでアンサンブルされていたので、私としてはかなり安心しました。 4人で合わせるのは、当日の舞台チェック(ゲネプロとまでは行かない)を除くとあと一回だけだそうですが、楽器だけの合わせは他にも入るらしいし、いい演奏になるのではないかと思います。
「愛のかたち」の合わせそのものの開始が予定より少し遅れていたのですが、私があれこれと注文をつけているうちにやたらと時間が延びてしまい、そのあとにピアノの小杉裕子さん相手に『気まぐれな三つのダンス』の打ち合わせを私がやっている間にほかの人たちは片づけにかかっていたものの、最初の予定より30分ほどもオーバーしてしまいました。 広さはかなりある部屋だったのですが、換気が悪くて、最後のほうはだいぶ息苦しくなっていたようです。 リハーサルが終わったあと、ぶんげんさんご夫妻と一緒に夕食を食べました。 ぶんげんさんの奥様とははじめてお目にかかったのでしたが、電話では何度も話していました。というのは私の作曲が遅れがちだったもので、演奏会マネージャー役の奥様から何度も催促の電話をいただいたのでした(^_^;; だんだん私のほうも開き直って、他の作曲家に委嘱したら確実にもっと遅くなりますよ〜、みたいなことを言うようになったものですが、出演者たちに突き上げられて板挟みになってしまった奥様には申し訳なかったと思います。
ご夫妻とはいろいろお話ししましたが、チケットの売れ行きが思わしくないということだったので私も憂慮しています。 うまく休暇を取れば11連休にもなってしまうゴールデンウィークの最中、という時期が良くなかったかもしれないのですが、出演者の都合もあって動かすわけにはゆかなかったようです。 私としても、せっかくの作品初演の場がガラガラであっては寂しいものがあります。現代音楽の作品展というのはたいてガラガラで採算も何もあったものでないのが通例ではあるのですが、私はそうした状況を是とは考えません。 なお、現代音楽の作品展がガラガラであるのは、現代音楽そのものが敬遠されるからというより、出展作品の仕上がりがたいてい遅くて、作曲者も演奏者も自信を持って人様にチケットを売りつけることができないという理由がより大きいような気がします。演奏会のチケットを売るのは一般の商品のセールスと同じことで、売り物が得難い上物であることを売り手が信じてこそ、気魄のこもった営業ができるものなのですが、まだ出来てもいない作品を上物と信じろと言われても、普通の感覚を持った人間にはなかなか困難なのです。 今回は現代音楽の会というわけでもありませんし、とても楽しめる、面白い内容の演奏会になると思うのですが、かなり四苦八苦している模様。目論んでいた発券数の半分くらいしかまだ出ていないそうです。私も協力はしたいのですが、何しろ遠隔地のことで、名古屋まで聴きに行ってくれとはさすがに言いづらいのでした。いや、言ってみるべきなのかな。
ぶんげんさんご夫妻と別れたあとの行動は何も決めていませんでしたが、なんとなく高速バスの切符売り場に行って訊ねてみたら、すぐ出発する夜行のバスにまだ空席があるということだったので、それで帰ることにしました。当初は、どこかで一泊して帰るということも考えていたのですが、数日後にはまた名古屋へ赴くことでもありますし、余計な宿泊費を使う必要もなさそうです。夜行列車「ムーンライトながら」で帰ることも考えましたけれども、まだだいぶ時間がありますし、それに昔の「大垣夜行」と異なり、「ムーンライトながら」に東京まで乗るためには指定席券を買わなければならず、そうすると夜行バスより高くなってしまうのでした。すぐに出る夜行バスに空きがあるならそちらに乗ってしまったほうが良いと判断しました。 そんなわけで「ドリームとよた号」に乗り込みましたが、このバスは名古屋を出るのが比較的早い分、尾張旭、瀬戸、豊田、岡崎など周辺の都市を、3時間ばかりかけて大廻りして乗客を拾ってゆくという妙なルートを走ります。私の席は、1+2の構造の座席になっているうち、2席あるほうの通路側だったもので、隣席である窓側の乗客が乗ってくるか、または乗ってこないと確認できるまで、落ち着いて寝てしまうわけにもゆかないのでした。そして実際、最後の立ち寄り先である岡崎駅に至って、かなりの数の乗客が乗り込んできて、それまで空いていた私の隣も塞がったのでした。始発地からの乗客には、なるべく独立した1席のほうをあてがって貰いたいと思った次第。 さらに夜行バスは昼行バスと同様、途中2回の休憩があります。これはどちらかというと、そのまま走ってしまうと到着が早すぎるための時間調整が目的と思われ、昼行バスより休憩時間が長かったりするのですが、私の席は乗降口に近かったのでその都度ざわざわして眼が醒めました。 きわめて寝不足な状態で、早暁5時半頃、東京駅に戻ってきました。この時間帯なので、そこから家に帰るまでの電車がガラ空きだったのはありがたかったですけどね。 金曜日にはふたたび名古屋へ向かうことになります。リサイタル本番、オフ会、「愛・地球博」と、今度は3日続けてお楽しみがあるわけで、寝不足な状態にはならないようにしたいものです。
(2005.5.2.)
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