忘れ得ぬことども

長い長い一日

 昨日、世界貿易センタービル39F、スカイホールにて、結婚式を済ませて参りました。
 前日、うちの母方の親戚が札幌などからやってきたので、式場提携ホテルのレストランでちょっとした食事会を開いたのですが、はっちぃも両親と一緒に食事会に参加し、同じホテルに泊まりました。が、私は一旦帰宅して、日誌を書いたり仕事をしたりしていたわけです。
 はっちぃがけっこう忘れ物をしたりしていたので、結果的にはそれでよかったようです。大きな荷物は前日に式場に運び込んでおきましたが、こまごまとした忘れ物などを持って、当日の朝式場へ向かいました。それでも今度は私のほうに忘れ物があったりして、なかなか万全を期するというのは難しいものです。

 披露宴の最後に弾く連弾曲の合わせが不足していたので、式場に頼んで、花嫁のメイクアップ前にリハーサルをさせて貰いました。私の本来の入りは、花嫁よりも45分ばかり後だったので、ずいぶん早く行ったことになります。
 やはりリハーサルさせて貰っていて良かったようです。気分的に楽になりましたし、会場の担当者や司会者とも、この時最後の打ち合わせができました。
 はっちぃが美容室に行ってしまった後、私はもうしばらく自分の弾く曲の練習をして、待機場所のウェイティングルームに入りました。ほどなく迎えが来て、私も微妙にメイクして貰いました。顔が暗く見えたり、眼のクマが目立ったりしないように、昨今は新郎のほうも軽くメイクするのが普通のようです。
 そして下ろしたての燕尾服を着て、親族紹介の部屋へ。新郎側新婦側、たくさんの人が集まりました。私の従弟妹の中には子連れで来ているのが何人か居て、場はなかなか賑やかです。ちなみに、いとこの子というのは一単語で言うならなんと言えば良いのかと思って調べてみたら、「いとこちがい」だそうです。これはどちらから見ても同じ言い方でよく、子供側から見た、つまり父母のいとこのことも「いとこちがい」と言います。もっとも、そんな言い方は今日び誰もしないでしょうし、したとしても誰もわからないでしょうが。

 ほどなく、ウェディングドレスに身を包んだはっちぃが登場しました。ドレスはレンタルですが、かなり上物を借りたはずです。裾が非常に長く、また頭につけたティアラも丈が高いので、とても豪華な印象がありました。私のサイズが大きいからそうできたので、新郎が貧相な体格だとだとアンバランスになってしまうため、あまりゴージャス系のドレスにはできないとのこと。
 私が言うのではいささか割り引いて受け取られるかもしれませんが、オフホワイトのドレスに包まれた花嫁はとても綺麗で、隣に並ぶのに気後れがするほどでした。
 花嫁の表情は少々硬かったようですが、緊張していたからと言うよりも、母親への手紙を書いていて前夜ろくろく寝ていないのと、コルセットで相当きつく締め付けられているせいだったらしい。手紙くらいもっと早く用意しておけよという感じではありますが、ここしばらく、それどころではなかったのも事実です。

 緊張ということは、二人ともあまり感じていなかったかもしれません。それぞれに舞台馴れはしているので、人前に出るのにも照れくささはありません。
 チャペルに移って、簡単なリハーサルをやりました。神父さんは盛んに私に語りかけてくれていましたが、

 ──なるほど、神父さんはこうやって、カチカチの新郎をリラックスさせるのか。

 と冷静に納得するだけの余裕がありました。
 リハーサル後、すぐに挙式本番です。
 私が松永知子さんと協同で指導している女声合唱団コーロステラ、それにChorus STの団員を、全員挙式から招いていましたので、列席者は大変な人数になりました。しかも合唱団のメンバーには、あらかじめ讃美歌312番(結婚式の定番「いつくしみふかき」です)の譜面を渡して譜読みをしておいて貰いましたので、讃美歌唱和の段になるとチャペルは時ならぬ混声合唱の響きに満たされたのでした。きっと神父さんも聖歌隊の女の子たちも仰天したに違いありません。この式場始まって以来の充実した合唱だったかも。
 誓いの言葉の時は、リハーサルで
 「この式場は広いので、うしろまで聞こえるように、大きな声で答えて下さい」
 と言われたのをいいことに、渾身の腹式発声で
 「はい、誓います」
 と答えたところ、後方の参列席からざわざわとした気配が立ち昇り、私はつい噴き出しそうになりました。
 誓いの口づけの際も、参列席から気配が伝わってくるまで唇を合わせたまま動かないでいたりしました。たぶん10秒以上続けていたことと思います。これについては、前々からはっちぃが、結婚式の誓いの口づけが、どこでも一体に短く、一瞬かすったかと思うとすぐ離れてしまうようなのをつまらながっており、自分たちの時には、列席者が驚くくらい長くやろうね、と約束していたのでした。
 そんなこんなで、けっこう語りぐさになることの多い結婚式だったのではあるまいかと自負しています。

 親族の写真撮影ののち、受付部屋へ。披露宴会場の入り口の所に受付を設けてあるのではなく、受付用に別室が用意されていたのでした。新郎側はChorus STのやのクン夫妻に受付を頼んでおり、新婦側ははっちぃの友人がやっていましたが、新郎側が合唱団ふたつ分多いため、やのクン夫妻はだいぶ大変だったのではないかと思います。
 新郎新婦も奥に設けられた席に坐って、お客様と挨拶を交わします。私はなんとなく、写真を撮られると魂を抜かれるというような古い感覚が残っていて、どうも写真に写るのを好まないのですが、この日ばかりは仕方がありません。私の魂はずいぶんとすり減ったことでしょう。笑顔も一年分くらい使い果たした感があります。

 それからいよいよ披露宴会場へ。10人掛け丸テーブルが12卓並べられた広い──というより長い──部屋です。長辺の一方が全部窓になっており、目の前に東京タワーが望まれます(最初はブラインドが下りていましたが)。角の所に、小さいとはいえスタインウェイのグランドピアノが置かれていました。順序として、グランドピアノを使える会場で披露宴をおこないたいと思っており、それがこのスカイホールではチェリールームというこの一室しかなく、チェリールームを使うためには90人以上の列席者が居なければならず、そこで合唱団をまるごとふたつも招くということになったわけなのでした。最終的な出席者は、小さい子たちを含めて113人です。定員が120人なので、かなりギリギリというところです。
 祝辞は神野明先生と、新婦側は千葉同調会(同調会は国立音楽大学の同窓会)会長の福井博之先生にお願いしてありました。福井先生ははっちぃの「先生」と呼べる人ではないのですが、実は彼女の招こうとした「先生」は気の毒にもことごとく欠席と伝えてきたのでした。主賓席に就いて貰うべき人が少なくて苦労したようで、大半が私の側のお客になってしまいました。
 それからケーキ入刀……ケーキははっちぃの希望と私の助言により、2台の白いグランドピアノが向かい合っている形に作られていました。普通のスクエアケーキをそのようにデコレートしただけですが、東京會舘パティシエ氏の入魂の技で、なかなか見事な出来栄えでした。

 外山浩爾先生の音頭によって乾杯。すかさず水島恵美さんがワッキーの伴奏で『椿姫』の乾杯の歌を歌い始めます。楽譜を用意して、声楽家の有志も合唱に加われるようにしていました。
 全体を演奏会のようなノリでまとめたいというのが私の希望で、前半と後半でそれぞれ4つずつ、つごう8つの演目をプログラムしていました。
 乾杯の歌が一曲目で、そのあとコーロステラにより中村八大「ウエディング・ドレス」の合唱。あんまり知名度は高くありませんが、昔九重祐美子が歌った、なかなかの名曲です。ずいぶん前にとある合唱団の委嘱で中村八大ステージを構成編曲した際に女声合唱用にアレンジしておいたものが役に立ちました。
 それから友人のソプラノ歌手藤井あやに、バーンスタイン『五つの子供の歌』から3曲ばかり歌って貰いました。ピアノは作曲科の同級生だった藤原由佳です。この二人は共に芸大寮の住人だった頃からの親友同士なので、今回組んで貰ったのでした。
 4曲目が私の作曲した「静かに訪れて」、この曲は従妹が結婚する時に頼まれて作った二重唱曲で、従妹の披露宴の時に新郎植田浩史、新婦植田哲子の歌と私の伴奏で初演されたものでしたが、今回はもちろんその初演メンバーでの再演となります。しかし従妹夫婦は四国の高松に在住しており、前日の夕方到着したばかりで、まったく合わせる暇が無く、ぶっつけ本番でした。まあ、そのわりにはうまく行ったかと思われます。

 ここではっちぃと私は中座してお色直し。私は燕尾服からタキシードに、はっちぃはウェディングドレスを脱いで、自前の眼も醒めるような鮮やかな青のドレスに着替えました。ウェディングドレスと違って、こちらはオーダーメイドだったので、ちっともきつくはなく、心なしか表情も和らいでいるようでした。
 列席者として参加していると、お色直しの時間というのはかなり長く感じるものですが、当事者となるとあっという間です。舞い戻ってキャンドルサービスをおこないました。
 後半の演奏は、はっちぃと私の出逢いのきっかけとなった「Nostalgia」から始まりました。だーこちゃんの披露宴の時にヴァイオリンを弾いてくれたマルグリット・フランス女史は残念ながら出席できず、今回はチェロでの演奏となりました。はっちぃの教えている音楽教室の室長である渡邉友則さんに弾いて貰いましたが、この人は着流し姿で登場し、あちこちから
 「チェロざむらい??」
 「チェロざむらい??」

 という呟きが漏れていました。ちなみにピアノは新婦自身が弾きました。
 それからChorus STの出番で、おなじみ「今日からはじまる」です。私が最初、披露宴で演奏して欲しいというと、「Luna de Xelaju」にしようか、などという話も出たのですが、あれはケツァルテナンゴ(通称シェラフ)という街の空に浮かぶ月を眺めて、別れた恋人を想うというような内容の歌なので、あんまり縁起でもありません。その点「あなたに会えてよかった……」という歌詞で始まる「今日からはじまる」なら申し分ないのでした。
 その後がはっちぃの独奏でドビュッシー「花火」。あとで列席者の何人もから、
 「こんな場で『花火』が出てくるとは思いませんでした」
 と言われていました。確かに披露宴での新婦自身の演奏曲目としてはかなり無謀に近い気もします。
 新婦友人たちのブーケプルズ祝電披露などを挟んで、最後の演目である「La Valse de Mariage」の初演をおこないました。練習時にはなかなか通らなかったのですが、本番はとてもうまくゆき、お客さんに微妙な気分を残したままで帰っていただくことにはならずに済みました。

 演奏の後に新婦の母親への手紙(一夜漬け!)朗読があって、もうお開きです。私が謝辞を述べて終わりとなりました。
 演奏者に少しずつしゃべって貰ったりはしましたが、いわゆる友人スピーチは一切入れず、定番の新郎新婦の生い立ちのスライド紹介などもやりませんでした。あのスライド紹介ばかりは、自分のが流されることにどうにも我慢がならなかったのでした。
 終わってみれば短い時間だったように思えましたが、時間は大幅に押して、2時間半の枠であったのが3時間以上もかかってしまっていました。たまたま、この日は比較的入っていた結婚式が少なく、特に私らの使ったチェリールームは他に使用者が居なかったため、延滞料を取られることもなく済みました。
 列席者の評判は、もちろんお世辞半分に受け取る必要はあるでしょうが、すこぶる好評だったようです。大変でしたけれども、まあやった甲斐はあったということで。

 披露宴が長引いたので、二次会の開始も少し遅らせて貰いました。二次会からのお客さんには少々お待たせしてしまったかもしれません。
 ネット友達では、残念ながらだーこちゃん夫妻は帰ってしまいましたが、phaos先生、目たませんせ、そしてイルさんが駆けつけてくれました。この場を借りて心よりお礼申し上げます。そして、phaos先生ご要望だった三次会を催せなくて申し訳ございませんでした。はっちぃも私も二次会を終えた時点でかなり疲労困憊していたもので……
 Chorus STの仲間が、幸い各パートバランス良く二次会まで残ってくれたので、アカペラの演奏などで場つなぎができてとても助かりました。また、参加者全員に楽譜を配って、「翼をください」の合唱などもやったりしました。
 はっちぃの先輩のクラリネット奏者高木景子さんが『Suite : Sweet Home』を全曲演奏して下さったのも感激しました。前にJOEさんの結婚式の時に頼まれて作った曲ですが、当初の目的のためには第一楽章しか使われなかったそうで、実は今回が全曲初演になります。

 二次会定番のゲームと言えばビンゴですが、定番に従うのも業腹だったので、「MIC's Convenience」名物となった連狂歌をやりました。本来パーティゲームですから、こういう場でやるにはうってつけで、他のかたにもお薦めしたいくらいです。
 ただ、テーブルを囲んだメンバーが、一句書くごとに隣に回してゆくというもともとの形では無理なので、受付の時にあらかじめ番号札を渡しておいて、例えば「3」の札を貰った人には3句目を書いて貰い、その都度進行役のほうで回収するという方式にしました。
 前にやのクン夫妻の結婚式二次会でやった時には、シモネタ大連発でしたが、今回は女性の参加者が多かったということもあってわりとおとなしめ。しかしなかなか面白い作品もできたので、いくつかご披露いたします。なお、参加者が戸惑うといけないので、発句は私があらかじめ用意していました。

  こみ上げる/幸福かみしめ/歌うたう/ランランランと/ハッピーライフ
  夏休み/遠くに花火/はじけてる/悲しいときは/心で泣いて
  披露宴/親族揃って/まっすぐに/雪崩のごとく/おしよするなり
  初デート/ルンルン気分で/フラダンス/うさちゃんジャンプ/月もキンキン
  今日この日/待ち望んでた/この良き日/私は幸せ/タリラリラーン
  ハネムーン/最初の難関/飲みすぎて/二日酔いだよ/自分に酔った


 微妙に差し障りのありそうな作品として、

  新婚の/初夜に語らう/ひとときを/マンガきっさで/今日も夜明かし

 そしていちばん受けたグランプリがこれ。

  日曜日/明日は月曜/ゆうつだな/でも帰ったら/妻 たかいびき

 この作品の詠み人たちには、ちょっとした賞品が与えられました。ビンゴで運任せにプレゼントするよりも面白いと思うんだよなあ。

 Chorus STのはっしー氏の名司会ぶりにも助けられて、二次会もとてもいい感じのつどいになりました。
 いろいろ厄介なこと、面倒なことはありましたが、おおむねうまく運んだ一大イベントであったと思います。
 それについては、はっちぃも同意見でした。
 掲示板やメールでお祝いの言葉を下さったかたがたも、本当にどうもありがとうございました。
 まだいろいろ残務が残っておりますが、明日の朝から新婚旅行に行って参ります。28日の晩に帰宅いたしますので、常連さんたち、掲示板のお留守番をよろしくお願い申し上げます。

(2005.8.22.)

【後記】 この時私と結婚したはっちぃさん、今では「マダム」となって日誌でも健在です(笑)。

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