忘れ得ぬことども

つくばエクスプレス試乗記

 このところずっと忙しくて、仕事や日々の用足し以外で外出する機会もなかったのですが、珍しく少し余裕ができました。お昼頃に外で伴奏合わせがあったあと、夕方の別の用件まで、午後がまるまる空いていたのでした。一旦帰宅しても良かったのですが、改めて出直すのが面倒な気もしたし、緊急に家でやらなければならない仕事もありませんでしたので、久しぶりに少し足を延ばしてこようかと思いました。
 伴奏合わせは春日でありましたので、行く先はほとんど迷わずに決めました。JRの水道橋まで歩き、秋葉原で下りて、つくばエクスプレスの乗り場へ向かったのです。
 2005年8月24日に、首都圏では久々の大型開業となった鉄道路線で、私としてはすぐにでも乗りに行きたかったところでしたが、忙しくてなかなか暇がとれず、かろうじて9月のはじめ、お墓参りに行ったついでに部分的に乗るに留まっていました。
 近いうちに全線乗ってやろうと思っていたのですが、ようやく機会が訪れたのでした。

 つくばエクスプレスについて、開業前から鳴り物入りで喧伝されていたのは、首都圏の電車としてはずば抜けた、その速さについてです。
 鉄道ではもともと、制動距離600メートルという規則があって、600メートル先の踏切で立ち往生している車などがあっても安全に停止できるということが義務付けられています。なぜ600メートルかというと、一般に人間の眼は、600メートルを超えると距離感がよくわからなくなるからだそうです。鉄のレールと鉄の車輪によって走っている鉄道の場合、同じ速度でも、アスファルトとゴムタイヤの摩擦を伴う自動車に較べてはるかに制動距離(急ブレーキをかけてから停止するまでの距離)が長くなります。旧式の車輌の場合、600メートルの制動距離を保てる速度はせいぜい時速85キロというところでした。
 その後、ブレーキ技術・信号技術が上がったことにより、現在では時速120キロくらいまで出せるようになっています。
 ちなみに新幹線はどうなのかというと、踏切が一切なく、線路への侵入が厳しく遮断されているため、制動距離が600メートルを超えても差し支えないという判断になっているわけです。
 在来線でも、新幹線同様、踏切がなく、線路への侵入が難しい路線に限って、特例としてもっと速度が出せるようになっています。JR湖西線青函トンネル内ほくほく線などがその例です。
 大都市圏の幹線鉄道も、多くの部分で立体化が完成し、踏切がなくなりつつありますが、ポイントや信号の関係があって、なかなか120キロを超える速度は認められません。
 もっとも120キロだって立派なものであって、この制限速度を目一杯出して走ってくれれば、相当速くなります。関西圏では従来から各線で120キロ運転をしており、東京近辺の電車に較べてスピード感が段違いだというのが定説でした。東海道・山陽線の新快速などは130キロまで出しています。まあ、あまりにスピードにばかり邁進しすぎたために、尼崎事故のようなことも起こってしまったわけですが、ともかくそういう関西の鉄道に較べ、東京はだらしないと、多くの人が嘆いていたものでした。
 もちろん首都圏のほうがはるかに利用者の数が多く、電車が混雑しているので、安全のため余裕を持ったスピードを保っているのだと言われればそれまでなのですが、それにしても中央線の快速の遅さにイライラした人は少なくありますまい。私鉄各線も概して鈍足で、せいぜい京浜急行の快特が120キロ運転で気を吐いているくらいです。
 そんな中、つくばエクスプレスは時速130キロ以上による運転を最初からもくろんで建設されました。路線はすべて地下・半地下・高架線構造で踏切をひとつも作らず、線路も狭軌であることを除けば新幹線とほぼ同規格です。鈍足が当然だった首都圏の鉄道輸送に、一石を投ずることになるのは明らかでした。

 「秋葉原──つくば45分」というのがつくばエクスプレスのキャッチフレーズでした。実際には、58.3キロの路線を45分で走るのですから、表定時速(停車時間を含めた平均時速)は約78キロとなり、思ったほど速くもないのですが、今まではハイウェイバスがどれだけ頑張っても1時間10分を切るのは困難でしたから、所要時間はほぼ半減したことになります。かなり劇的と言って良いでしょう。
 45分というのは快速の所要時間で、快速は秋葉原を出ると、新御徒町・浅草・南千住・北千住と各駅に停まったのち、あとは南流山・流山おおたかの森・守谷の3駅のみ停車となります。表定時速の足をひっぱっているのは主に北千住までの各停区間で、北千住──つくば間に限れば表定時速約86キロ、高速電車の名に恥じないスピードとなります。
 列車種別としては快速と普通の他、区間快速というのがあります。首都圏では「区間××」という種別が珍しく、東武の区間準急があるくらいですが、関西ではよく見かけます。字面からすると、一部分が快速で、途中から各停になる列車のように感じられますが、実際には単に下位種別であるに過ぎない場合が多く、つくばエクスプレスの区間快速もそうなっています。英語表記ではSemi Rapid-となっているので、「準快速」とでもしておいたほうが誤解がないかもしれません。秋葉原──北千住間と守谷──つくば間が各駅停車で、その途中は八潮・三郷中央・南流山・流山おおたかの森・柏の葉キャンパスに停車します。というより、通過する駅は青井・六町・流山セントラルパーク・柏たなかのわずか4つしかないのでした。快速より7駅余計に停まり、7分余計にかかります。

 私が秋葉原駅に着くと、毎時00分、30分発車の快速が出て行ったばかりでした。30分近く待つのも退屈なので、毎時15分、45分に発車している区間快速に乗ることにしました。停車駅が多いとはいえ、区快でも130キロを出す部分はあるし、各駅の様子がよりよくわかるだろうという気持ちもありました。
 普通電車は全車輌がロングシートですが、快速・区快は6輌のうちまん中の2輌がセミクロスシートで、ドアとドアの間にひとつずつボックス席が設置されています。私はもちろんそこに陣取りました。弁当を持ってきていたのでそれを食べたいとも思ったのでした。ロングシートでものを食べるのは、キャンディやチョコレート程度のちょっとした菓子類ならともかく、ややバツの悪いものがあります。
 ボックスシートなら構わないかと思ったのですが、浅草で乗ってきたおばさん3人組が私の坐っていたボックスを埋めると、やっぱりなんとなく食べづらくなり、彼女らが守谷で下りてゆくまで食事を中断せざるを得ませんでした。
 とはいえ、そのおばさんがたの会話を聞いていると、沿線住民、ことに守谷附近の人々のこの路線に対する感想がよくわかって、なかなか愉快でした。
 守谷は茨城県内では、距離的にいちばん東京に近いと言ってよい町でありながら、今までは関東鉄道常総線という非電化のローカル私鉄が走っているばかりで、常磐線の取手まで20分ほどかけて出て、乗り換えて上野まで40分ほど、乗り換え時間を含めると東京に出るのに70〜80分はかかっていました。それが快速で32分、普通でも40分で行き来できるようになったのですから、東京に対して横浜、大宮、船橋あたりとほぼ同等のロケーションになったわけです。これから住民も激増するに違いありません。おばさんたちもしきりと
 「便利になったねえ」
 と繰り返していました。

 電車は南千住までは地下を行き、明るくなったと思ったらあれよあれよという間に高架駅の北千住に到着します。北千住駅はJRの直上で、東武線の上のプラットフォームと並んだ形になっています。
 青井・六町の2駅を通過し、埼玉県に入ると八潮で、ここは市でありながら今まで鉄道の無かったところです。駅前では巨大なビルが建設中でした。秋葉原まで約20分ですから、私の住まいする川口(上野まで約20分)とほぼ同じロケーションとなりました。
 次の三郷中央は、武蔵野線の三郷・新三郷よりも市役所などに近く、今後は駅名通り、市の中心駅として発展することになるでしょう。その武蔵野線とは、千葉県に入った次の南流山で交差します。
 流山市内には3つも駅が設置されました。すでに武蔵野線と、それにローカル私鉄の総武流山電鉄も通っていますから、流山市はにわかに鉄道が密集する町になりました。流山おおたかの森駅は東武野田線と交差しており、野田線にも新たに駅が設置されました。数少ない快速停車駅ですが、4線になっていて追い抜きができるので、緩急接続のために停車しているようなもので、現在のところ周辺は閑散としています。
 柏の葉キャンパスの駅前では、目下木下サーカスがテントを張っていました。11月29日までの公演だそうなので、会期中にいちど来てみたいと思いました。秋葉原から区快でちょうど30分です。
 茨城県に入って最初が守谷。ほとんどの普通電車は守谷止まりで、守谷──つくば間は区快が各停電車として機能します。ここまで来ると沿線は畑や雑木林ばかりで、えらく田舎を走っているような気がしてきますが、秋葉原から40分足らずに過ぎません。
 やがてふたたび地下に潜り、地下駅のつくばに到着しました。

 外に出てみると、ちょうどバスターミナルになっていて、周囲にはビルが建ち並び、ほんの少し前までの田園や森林の風景からはひどく異質な感じを受けます。
 もともとつくばという市は、鉄道に依存しない、いわばアメリカ型の都市を目指していたと聞きますが、人口が稠密で道路の狭い日本では、やはり交通機関がクルマだけという立地には限界があったようです。また市制発足当時とは状況も異なり、クルマだけに依存するのが良いことなのかどうか、環境問題の上からも疑問視されるようになりました。鉄道の役割も諸外国でも見直されつつあり、つくばエクスプレスの開業はやはり時宜にかなったものだと思わざるを得ません。
 東京に直通するのがなんでもかんでも良いとは思いませんが、今後は沿線人口もどんどん増えることが予想され、つくばエリアが大きく発展することが見込まれます。

 東京──つくば間には、従来ハイウェイバスが1時間に5往復という高頻度で行き来していました。つくばエクスプレスは、守谷以北では1時間4往復ですが、もちろん輸送量は比較になりません。しかも、運賃はバスより低い値段(秋葉原──つくば1,150円)に設定されました。バスもあわてて運賃を値下げして対抗したものの、速度の点でかなうべくもなく、11月から便数を大幅に減らして1時間3往復になることが決定しています。
 実は開業前、つくばエクスプレスの利用度を疑問視する声もありました。東京から見て北東方面にあたるエリアは、元来が鉄道依存度の高くない地域であり、東京に出る時はマイカーか高速バスが定番。一旦マイカー馴れした人は容易なことでは鉄道利用に戻ってこないし、高速バスはなんといっても「確実に坐れる」のが魅力。そんな交通事情であった地域にあらたに通勤型の鉄道を敷いても、多少速いくらいでは沿線住民はほとんど利用しないのではないか……という論旨だったと思います。
 しかし、蓋を開けてみれば、開業当初のフィーバーが過ぎても利用度は決して落ちず、昼間でもけっこう立ち客が出るくらいになりました。やはり東京まで「一時間を切る」というインパクトが大きかったと思います。早朝の上りと深夜の下りのみ一本ずつ、全線を踏破する(守谷止まりでない)普通電車が走りますが、これも所要時間が57分と、かろうじて一時間を切ります。たぶん関係者も、「すべての電車が一時間を切る」ことに執念を燃やしたに違いありません。
 私はつくばに用事があったわけではないので、すぐさま舞い戻りましたが、帰りはハイウェイバスを使ってみました。つくばエクスプレスの開業前に乗った時に較べ、乗客は気の毒なほど少なくなっていました。一生懸命走っているのですが、やはり一般道では手間取ります。八潮の料金所の近くでスピードを落としたバスを、向こうに見えるつくばエクスプレスの電車が軽々と追い抜いて行きました。上野まで65分ほど。上野自体に用事があるのならともかく、これではやはり勝負にならないでしょう。

 ひとつ提案するとしたら、快速だけでいいのですが、指定席車を一輌連結したらどうかということです。バスの「必ず坐れる」というメリットに対抗するには有効ですし、筑波研究学園都市を訪れる海外の研究者とか企業の重鎮あたりに利用して貰うにもアピールするのではないでしょうか。座席はもちろんリクライニング付きの前向きクロスシートとします。運賃を比較的低く抑えているので(開業前は、「おそろしく高くなるのではないか」という予測が多かった)、そのあたりで増収を図ることもできそうです。「グリーン車を連結しても誰も利用しない」とずっと言われてきた東北・高崎線の普通電車グリーン車が盛況ですから、例えば500円くらいの指定席料金をとってもけっこう利用者は居そうな気がします。
 久しぶりに新線に試乗できて、楽しいひとときを過ごせました。

(2005.10.20.)

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