語学力が全くないくせに、シャーロック・ホームズの私訳を作ってやろうなどと大それたことを考えたことがあります。
ペンギンブックスのペーパーバックを買ってきて、辞書と首っ引きで訳にとりかかりました。
第1短編集「シャーロック・ホームズの冒険」の中の最初の3編、「A
Scandal in Bohemia」「A Case of Identity」「The Red-Headed League」まで訳したところで力尽きましたが、たったこれだけの体験でも、いろいろと考えることができて面白かったです。
英語と日本語の、根本的な世界認識の差、というようなことを考えさせられました。
大げさなことを言いましたが、言葉の差というのは結局、世界をどう切り取り、どう分類するかということの差なのではないかということです。
例えば、ホームズの冒険談においてよく使われる重要な小道具のひとつである馬車。
最初の「A Scandal in Bohemia」だけでも、ブルーム(箱馬車)、ハンサム(二輪馬車)、キャブ(辻馬車)、ランドウ(四輪馬車)が登場します。注意したいのは、英語で言うとそれぞれの言葉に全く関連性がないということ。同じ「馬に牽かせる車」であるのに、英国人の認識では、これらは全然別の乗り物ということになっているのです。考えてみると、雄鶏(cock)と雌鶏(hen)とひな鳥(chicken)の間にも、牡牛(bull)と牝牛(cow)と仔牛(calf)の間にも、共通の要素は全くありません。
つまり、外界の分類・認識の仕方が、日本人と英国人とでは違うのだとしか思えないのです。われわれから見ると、同じニワトリなのに、どうしてそんなにバラバラな言葉を使うのかと思う。しかし彼らから見ると、コックとヘンを同一視するなど不思議で仕方がない。
外国語を勉強する面白さは、その辺のことを突き詰めてゆくあたりにあるのではないかな、とも思いました。
また、今は100進法になりましたが、かつての英国の貨幣単位はとても複雑でした。12ペンスが1シリング、20シリングが1ポンド。さらにソヴリンというのは5シリング、フロリンというのは2シリングの貨幣。それと別にギニーというのもあり、これは21シリングの金貨です。つまり1ポンド1シリングにあたります。
なんでこんな半端な貨幣があったのかと不思議に思っていたのですが、ギニー金貨が医者や弁護士などへの謝礼としてよく用いられたということを知り、妥当な説明を思いつきました。
つまり、英国のお金が秤量貨幣(重さで量る貨幣)だった時代。謝礼などの場合には、感謝の意味を込めて、取り決めより5%くらい色をつけて相手に渡したのではないかという想像です。それが引き継がれて、1.05ポンドという半端な額の金貨が用いられていたのではないでしょうか。
外国の小説を読む楽しみは、こんなことを考えるところにもあります。
19世紀末の1ポンドは、今の日本円にして大体2万円くらいに当たるようですが、現代のニューヨークあたりの私立探偵の日当は200ドルくらいが相場らしい。ホームズも、謝礼として1日1ギニーくらいずつ受け取っていたのかもしれません。
こんなことばかり空想して楽しんで、肝心の翻訳の方は早々と挫折してしまいました。
当店の常連のイルさんは英語の先生ですが、どうお考えでしょうか?(^_^)
(1997.11.10.)
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