テレビアニメの「サザエさん」がはじまって今年(2013年)で45年になるそうで、「もっとも放映話数の多いテレビ番組」としてギネスブックにも載ることになったらしく、このところ特集番組などもいろいろと組まれているようです。今日は長谷川町子さんを扱ったドラマも放映されていました。 長谷川町子ネタと言えば、昔NHKの朝ドラで「マー姉ちゃん」というのをやっていましたが、あれはどちらかというと町子さんの姉の毬子さんがヒロインでした。以前の「サザエさん」の単行本は姉妹社というところから刊行されていましたが、これは町子の作品を出版するためだけに毬子が起ち上げた会社です。代表作である「サザエさん」や「いじわるばあさん」の他、「新やじきた道中記」「エプロンおばさん」「似たもの一家」「仲良し手帖」なども出していましたが、今はどこが版権を持っていてどういうことになっているのでしょうか。私は全部ではないものの、姉妹社の刊行物はけっこう愉しませて貰いました。
ともあれ「サザエさん」が「ドラえもん」と並ぶ国民的マンガであり、そのアニメ版も国民的アニメであるということには反対する人は少ないのではないかと思います。このたびのギネス認定は素直におめでたい話だと思います。
さてひとことで「サザエさん」と言っても、原作マンガとアニメの両方を指すわけで、人と話していると時折ごっちゃになってしまいます。今回ギネスに載ったのはアニメのほうですね。
原作にもいちおうストーリーのある「ドラえもん」と違い、「サザエさん」はもとが4コママンガですので、1話がせいぜい7分程度とはいえ、そのままの形では使えません。原作を何本か下敷きにして1話を構成するという方法をとっていることもありますが、原作とは関係なく新たに書き下ろした話のほうが多いでしょう。
たぶん、こういう作りかたをしたアニメの元祖なのではないかと思います。その後「コボちゃん」や「ののちゃん」など新聞の4コママンガを原作としたアニメも増えましたが、いずれも「サザエさん」で確立された手法でアニメ化しています。「サザエさん」以前には無かったやりかたではないでしょうか。
それだけに、アニメ放映の初期の頃は、相当にいろんな実験をおこなっていた形跡があります。
初期作品を発掘するような企画がテレビで時々あって、そういうのを見ると、今と相当作風が異なっていることに気づきます。絵柄が違うのは作画監督の違いもあってやむを得ないところがありますが、アニメ的表現の手法が、やはり60〜70年代らしさを感じさせます。びっくりした時に眼球が飛び出たり、頭をぶつけた時に上に星が飛んだり、塀にぶつかってからだの形そのままの穴を開けたり、走る時に足のあたりが渦巻きになっていたり……言ってみれば、USAのアニメ表現、例えばトムとジェリーあたりの表現手法とまだあまり分化していない、今となっては懐かしさを感じる手法が次々と登場します。現在の「サザエさん」アニメからは信じられないほどに動きがダイナミックでした。
話自体がナンセンスというのも、初期にはけっこうあったように記憶しています。常に生活感を失わない最近の作品からはこれまた考えられないようなものが見受けられました。
原作者「町子先生」を登場させた回も何度かありましたし、話の中で脚本家を槍玉にあげたこともありました。そんなメタフィクションみたいな実験的作品をちょくちょく試していたなどというのも、作風の安定した現在から考えると夢のようです。最初の10年くらいは、スタッフの試行錯誤がいろいろあったのでしょう。
私は、はっきりと憶えてはいませんが、たぶんアニメ放送のごく最初の頃から見ていたと思います。1969年の放送開始の時期は、4〜5歳の私はまだ新潟県の長岡に住んでいて、当時の長岡には民放が新潟放送1局しか無く、はたして「サザエさん」を放映していたかどうか定かではありませんけれども、翌70年からは東京に出てきて、確実に日曜の夕方に視聴していたはずです。その頃日曜夕方のフジテレビといえば17時半に「悟空の大冒険」、18時に「ハクション大魔王」、そして18時半に「サザエさん」、19時に「アタックNo.1」、19時半に「ムーミン」と、アニメが目白押し状態でした。19時からの枠だけは父がNHKニュースを見るのでテレビを明け渡さなければなりませんでしたが、あとはずっと見ていました。いま考えても、これほどの長時間アニメを見続けていたということに驚きます。
17時半のアニメ枠はその後姿を消し、18時は「いなかっぺ大将」から「科学忍者隊ガッチャマン」へとタツノコプロ作品枠として続き、19時は「ミラーマン」をはさんで「マジンガーZ」にはじまるロボットアニメ枠となり、19時半は言うまでもなく世界名作劇場シリーズの枠となりましたが、「サザエさん」だけは変わらず続けられました。
「サザエさん」は私だけではなく父母なども一緒になって面白がっていたと記憶しています。初期作品ではカツオのイタズラが近年よりぶっ飛んでいて、父などはもっともらしく
「これは『カツオくん』とでもタイトルを変えたほうがいいんじゃないか」
などと論評していました。家に訪ねてきた叔父が
「『サザエさん』は大人が見ても面白いよな」
と言っていたのも憶えています。今と違って、いい齢をした大人がアニメ(当時は「テレビまんが」)を見ることなどは滅多に無い時代でした。考えてみれば、そんな記憶が残っているのは、まだ放映開始からせいぜい3、4年程度しか経っていない頃だったことになります。
少し経ってから、「サザエさん」は火曜日にも放映がはじまりました。再放送だったのか新作だったのかもよく知らないのですが、ともかくオープニングやエンディングが日曜夜とは違っており、私はむしろこちらの歌のほうが好きでした。とりわけエンディングの「♪明るい笑いを振りまいて、お料理片手にお洗濯♪」という歌は妙に後を引き、その頃作った自分のマンガの主題歌(笑)が明らかに影響を受けていました。
毎回3話ずつという短編ではあり、週をまたいで物語が続くということもありませんから、時々見逃してもそんなに残念な気はしません。その気安さがまた良かったのでしょう。実家に居るうちは、日曜の夕方在宅していれば必ず「サザエさん」が流れている、という状態でした。長ずるにつれて、作品のほうも安定、言い換えればマンネリになってきて、そう熱心に見るということもなくなりましたが、食卓で「サザエさん」が流れていると、何かホッとするものがあります。同意される人は多いのではないでしょうか。この安心感と安定感が、国民的アニメたるゆえんであろうと考えます。
よく考えてみれば、3世代7人の家族が、食事ごとに茶の間のちゃぶ台の前に揃うなどという家庭は、もうあんまり無いかもしれません。田舎ならともかく、サザエさんの舞台は明らかに東京都内(桜新町をモデルにしているのはほぼ確実)です。子供たちが集まって草野球ができるような空き地も残ってはいないでしょう。波平さんのような雷オヤジもめっきり見なくなりましたし、フネさんのような和服に割烹着姿のお母さんを見かけることもなくなりました。冷蔵庫やテレビは時々リニューアルしているようですが、「サザエさん」的な家族のありかたは、もはやノスタルジアの中のものになっていると言えます。現代的リアリティからは離れているとさえ考えて良さそうです。にもかかわらず、磯野家の食卓がいまだに違和感なく受け容れられているのは、
──日本の家庭とは、「本当は」こうあるべきなんだ。
という意識が、どこかに残っているからかもしれません。現実には狭苦しい集合住宅で核家族が暮らし、食事などもバラバラに摂る「個食」状態で、親子が顔を合わせることすら珍しいような状況であっても、
「これは異常なんだ」
「『ホンモノの家庭』はこうではないはずなんだ」
とどこかで思っている日本人は多いのではないでしょうか。その意味では、「サザエさん」が最終回を迎えた時こそが、われわれの家族観が本当に変わってしまう時になるのかもしれません。
サザエ役の加藤みどりさんは、45年間ずっと演じ続けていますが、さすがに最近は声に無理が感じられることが少なくありません。波平役の永井一郎さん、フネ役の麻生美代子さんも最初から替わっていませんが、こちらはもともと年配の役なので、それほど無理は感じません。とはいえおふたりとももう80をとうに過ぎており、いつまで演じて貰えるかは微妙です。あと最初からやっているのはタラちゃん役の貴家堂子さんです。加藤さんともども、70代になっています。タラちゃんの声が45年前からほとんど変わっていないのは驚くべきことですが、あと10年以上続けられるかどうかはこれまた微妙なところです。
カツオとワカメ、それからマスオさん役は何代か替わっています。カツオ役は最初はなんと大山のぶ代さんでした。その次の高橋和枝さんの時代が長く、カツオの声のイメージはほぼ高橋さんで定着したと言って良いでしょう。それが富永みーなさんに替わった時はだいぶ叩かれましたが、現在ではすっかり違和感もなくなりました。
ワカメ役は最初山本嘉子さん、それから野村道子さんとなり、現在は3代目の津村まことさんとなっていますが、こちらはカツオに較べてさほど話題にならなかった気がします。
マスオ役は近石真介さんから増岡弘さんに引き継がれました。私は近石マスオのイメージが強いのですが、近石さんは実際には10年もやっていなかったようです。1978年に交代して、以後35年間、増岡マスオが続いています。
「ドラえもん」の主要登場人物の声優が一斉交代したので大きな話題となりましたが、「サザエさん」のほうは少しずつチェンジしています。しかし波平さんやフネさんの声が交代するあかつきには、やはり世間的に相当な衝撃があるのではないかと思います。
私はどちらかというと原作のほうが好きで、特に主要登場人物のキャラ立てなどは原作のほうが面白いと思います。波平さんはアニメ版より相当抜けたところがありますし、フネさんもけっこう性格が強い気がします。ワカメはアニメでは優等生のいい子ちゃんになっていますが、原作ではむしろ天然ボケなところが目立ちます。ノリスケなんかはかなり下品なキャラで、むしろサトウサンペイのマンガを思わせるところがあります。
サザエさん自身も、アニメのほうはCVの加藤みどりさんの人柄が影響したのか、いささかお上品すぎるように感じられます。原作のサザエさんはもっとアクティブで、それだけに失敗ももっとダイナミックで、読んでいて思わず
「うわ〜、こりゃハズカシイ」
と呟きたくなるようなオチが多々ありました。
だいたい長谷川町子という人は、「いじわるばあさん」という傑作があるのでわかるとおり、実は相当な毒を持ったマンガ家です。「意地悪お手伝いさん」「いじわる看護婦」「いじわるクッキー」など「いじわるシリーズ」とでも言うべき作品を描いている時は実に活き活きとしていたように感じられます。いじわるばあさんの所行は、微笑ましい時もありますが、多くの場合、シャレにならんような過激なイタズラ(プールのすべり台にダイコンおろし器を仕込んでおくとか)となっています。「サザエさん」は主な掲載舞台が、その頃はクオリティペーパーなどと過褒されていた朝日新聞であったため、だいぶその種のどぎつさを抑えてはいますが、やっぱりちょくちょく軽い毒がにじみ出しています。
アニメでは、その毒がほぼ拭い去られており、私としては少々物足りないものを感じてしまうのでした。カツオのイタズラなどにその痕跡はあったものの、それもダイナミックなのは初期だけで、近年のカツオのイタズラはスケールが小さくなり、悪ガキのイメージよりも、「基本的には良い子」という印象が強くなっているように思えます。
人々が「サザエさん」に求めるものが、上に書いたように安心感・安定感ということになってしまっている以上、それもやむを得ないことでしょう。しかし、番外編で良いので、原作の持つ毒成分を活かした「大人向けサザエさん」を作って貰えないものかと、時々思わぬでもありません。
(2013.11.29.)
【後記】この稿を書いたわずか2か月後、波平さん役の永井一郎氏が旅先のホテルで急死されました。なんだかこの稿が予言になってしまったようで、後味はよくありません。波平さん役の交代と同時に、フネさん役の麻生美代子さんも降板し、最初からの声優はいよいよ加藤みどりさんと貴家堂子さんだけになってしまいました。 |