シベリアで、全身羽毛が生えていた恐竜の化石が見つかったそうです。 羽毛つきの恐竜化石はいままでも中国などで何体も見つかっており、恐竜という動物に関するわれわれのイメージを大きく変えたものでしたが、従来見つかっていたのは竜盤類というグループの恐竜に限られていました。 恐竜は大別して竜盤類と鳥盤類があり、竜盤類のほうが進化したものとされています。で、この仲間がさらに進化して現在の鳥になったというのが最近の定説です。鳥盤類のほうが鳥から遠いというのがややこしいのですが、古生物の場合、最初はざっと見た印象から入るので、こういう名称の混乱は珍しくありません。調べてみると別のグループのほうが現生生物に近かった、なんてこともよくあります。 さて、今度見つかったクリンダドロメウスは、この鳥盤類であったことが衝撃的なのでした。 羽毛を持つ鳥盤類が見つかったのははじめてのことでした。より原始的な鳥盤類にも羽毛が生えていたとすると、「恐竜の羽毛」というのは、現生の鳥に近い、より進化したグループになってやっと獲得した「ニュートレンド」だったわけではなくて、恐竜という動物が出現したわりと初期から生えていたものであって、いわば恐竜の「標準装備」だったのではないかという疑いが出てきたわけです。
恐竜というのは爬虫類であると考えられてきましたし、私の子供の頃の図鑑などを見るとまず確実に、現生のトカゲやワニなどに近い質感の皮膚が描かれていました。トリケラトプスなんかはその姿の連想からかサイに近い感じだったかもしれません。
そもそも「ダイナソー」という英語からして「大トカゲ」という意味です。恐竜の種名によく使われた「○○サウルス」の「サウルス」も「ソー」と同じ語でトカゲのことです。
確かに、発見された化石から復元された骨格を見る限りにおいては、現生のトカゲやワニに似ていましたので、そう考えたのは無理もありません。ただ、研究が進むにつれ、脚のつきかたなどが少し違うようだということがわかってきました。さらに調べてみると、少し違うどころか、本質的と言って良いほどに違うらしいということが判明したのでした。トカゲやワニは恐竜とはリンクせず、もっと原始的な、恐竜出現以前の爬虫類の時点で枝分かれしたことがわかったのです。
そして恐竜は、現生爬虫類よりは、鳥類のほうにむしろ近いことがはっきりしてきました。それまで発掘の遅れていたアジア中央部から、羽毛がついた化石が出土したことで、さらにその蓋然性が高まりました。
それでも、恐竜の想像図のほうはなかなか変わらず、いまでもトカゲ的質感の絵がよく描かれています。
「特攻の拓」などのヤンキーマンガで知られる所十三氏は、大の恐竜好きでもあり、「DINO2(ディノディノ)」という恐竜を扱ったシリーズがあります。その当時(2000年頃)の最新知見を採り入れていて、なかなか面白いマンガでしたが(アロサウルスが珍走団の兄ちゃんみたいに描かれていたのには笑った)、羽毛についても触れてありました。ただ、さすがにティラノサウルスやトリケラトプスにいきなり全面的に毛を生やさせる勇気はまだ無かったようで、幼体の時だけ毛が生えているという設定にしていたようです。
しかし、今回の発見で、恐竜に羽毛が標準装備されていたということになると、あの巨大なティラノサウルスや、もっと大きいセイスモサウルスなんかも、もしかするとモフモフした羽毛に覆われていたかもしれないのです。
それならいままでも羽毛の痕跡が見つかっているはずではないかという意見もありますが、もともと動物のからだの中で、歯と骨以外の部分というのは、よほど運が良くないと残りません。
人間だって、屍体を放置すれば普通は白骨屍体になるだけで、髪の毛や皮膚、筋肉などの組織はすべて腐って(=微生物に分解されて)しまいます。それらを残すためには、よほど効力のある防腐剤を用いてミイラにするか、あるいは真空保存か冷凍保存でもするしかありません。ピラミッドのツタンカーメン王や馬王堆の軑侯(たいこう)夫人のような、生けるがごとき姿で発見される古代の遺体など、ありえないほどに条件が良くなければ無理なのです。
従って、恐竜ももともと、骨以外のことはわかりませんでした。骨格を組み上げるにあたっても、欠損した部分が多く、なかば想像と類推だけで組み立てたものが多かったようです。ブロントサウルスやウルトラサウルスなど、のちになって恐竜名簿から抹消された種があったのも、何しろ資料が少なすぎて、想像と類推で補うしかなかったからです。ブロントサウルスは私が子供の頃の図鑑では常連だったのですが、よく調べると複数の種の化石を混ぜて組み立てていたことがわかったのでした。またウルトラサウルスは骨の部位を勘違いしていたようで、実際にはスーパーサウルスの化石だったそうです。「スーパー」より大きいから「ウルトラ」と名付けられたのでしたが、幻の恐竜だったのです。
想像図に描かれた姿は、すべて「掛け値無しの想像」でしかありませんでした。皮膚化石が見つかっていないので、皮膚がトカゲっぽいというのもただの想像です。まして色などわかりようもありません。トラやヒョウを知らない人が、それらの骨格化石だけ見て、縞模様や斑点模様に覆われた体表を想像することは、まず無理でしょう。
もちろん、棲息している環境によって、羽毛の生えかたにもいろいろ差があったことは考えられます。現生の哺乳類でも、ゾウやサイみたいに体表にほとんど毛が無い動物も居ます。同じゾウの仲間でも、寒冷地に住んでいたマンモスには長い毛が生えていました。またサイの毛は実はあの特徴的なツノに集中しているそうです。ひどい石鹸を使ってゴワゴワの束みたいになってしまった髪の毛を想像すれば良いでしょう。それがもっとコチコチに固まったのがサイのツノです。カツオブシくらいの硬さで、シカや牛のように中に骨が入っていないので、突進してもツノの破壊力は大したことがないとか。
現生の鳥では、脚には羽根が生えていないものが多いですが、羽毛の無い恐竜が居たとしたらその皮膚は鳥の脚みたいな質感だったのではないでしょうか。羽根のない鳥の脚の表面は、少しウロコがついているみたいに見えることもあり、トカゲと似た感じもあります。
動物園でハシビロコウを正面から見た時、 ──こいつは実は恐竜なんじゃないか? と思ったものでした。ご存じないかたはぜひ画像検索してみてください。ニヒルな目つきが肉食恐竜の想像図とよく似ていましたし、何よりその命名のもとになった威風堂々たるクチバシ(ハシビロコウは「クチバシの広いコウノトリ」という意味)が、他の部分の羽毛の色と近いこともあって、恐竜の口のように見えて仕方がなかったのです。 それで私も、鳥と恐竜がごく近縁であるという近年の説に大いに納得した次第です。そしてよく見てみると、他の鳥もけっこう恐竜っぽく見えることがあると気がつきました。友人がヨウム(オウムの一種)を飼っているのですが、こいつも特に正面から見ると立派な恐竜づらでした。 恐竜をまだかろうじて「中生代に繁栄していた巨大な爬虫類」ということにしてある説明が多いようですが、おそらくトカゲ、ワニ、カメ、ヘビなどを含む爬虫類というくくりとは別に「鳥類および恐竜」というくくりを作ったほうが実態に近いのかもしれません。まあ、現生動物の分類を無理に古生物にまであてはめようとすると、確実に歪みが出てしまうものです。 とにかく数億年前に、ワニみたいな地を這う動物から、脚のつきかたが異なる動物が分化し、そのグループは脚のおかげで体高を高くすることができたので、おりからの温暖な気候で大繁殖していた巨大な植物をエサとして活用することができ、それでまたどんどん巨大化して行ったのが恐竜であったのでしょう。ところが、おそらく隕石の衝突が原因となった長期間の寒冷化により、大きくなりすぎた肉体が逆にデメリットとなりました。小型で、しかも移動力にすぐれた飛行形態を持つグループだけが生き残り、それが鳥になって行ったものと思われます。爬虫類→恐竜→鳥という流れのどこに線引きをするかはなかなかむずかしいのですが、羽毛の獲得というのはその中で、はたしてどの程度のインパクトであったのでしょうか。 いずれにしろ、「トカゲっぽい体型・質感の巨大動物」という従来の恐竜のイメージが、大幅に書き換えられる時期に来ているのは確かでしょう。10年くらいあとの恐竜図鑑には、色とりどりの羽毛をまとった、モフモフした「鳥っぽい巨大動物」が描かれることになるのかもしれません。
(2014.7.26.) |