忘れ得ぬことどもII

ハロウィン雑感

 この季節、いろんな店に入ると、あちこちでハロウィンに関連したフェアやコーナーなどが設けられています。早いところでは9月に入った頃からはじまっていたようです。
 10月31日のハロウィン当日には、渋谷あたりで仮装した人々が集まるイベントなどもあるようで、いつの間にこんなに普及したのかと驚きます。
 私の若い頃には、ハロウィンなどほとんど顧みられていなかったのは確かです。クリスマス、バレンタインデイ(とその派生たるホワイトデイ)に続いて、製菓業界や玩具業界が目をつけたのがハロウィンであったのかもしれません。
 ハロウィンはもともとケルト民族のお祭りで、祖先の霊が戻ってくるとされている日ですから、まあお盆みたいなものです。それがアメリカ大陸に渡ってレクリエーション化され、カボチャのろうそく立て(ジャック・オ・ランタン)とか「トリック・オア・トリート」とかのオプションが調えられて現在の形になりました。もとの宗教的な厳粛な雰囲気はまったく無くなり、なんとなく仮装してバカ騒ぎをする日ということになって、それがどうやらネズミの国のイベントあたりを通して日本にも普及したということであるようです。そういえばずいぶん前から、この季節のネズミの国のテレビCMでは、ハロウィンハロウィンと連呼していたような気がします。
 お盆に類する行事の存在しないUSAなどはともかく、日本にはもとからお盆もお彼岸もあるわけで、本来のハロウィンの持つ招霊儀式の意味合いなどはまるきり誰も意識していないでしょう。また、知らない人の家に押しかけて「トリック・オア・トリート」と叫ぶ神経のある人も滅多に居ないはずです。残るのは仮装だけで、日本ではほとんど仮装大会みたいなことになってしまいました。

 うちのマダムも去年あたりから妙に乗せられてしまっていて、フラダンス教室でハロウィンの仮装をするとか、通っているフランス語学校の授業のときにハロウィンっぽい格好をしてゆきたいとか、いろいろ言っています。そのためにずいぶん前からアクセサリーを探したり服を買ったりしていて、少し落ち着いたらどうだと言いたくなるほどでした。
 上記のとおりハロウィンはケルトのお祭りで、ケルト人の住んでいた英国およびアイルランドと、そこからの移民が多かったUSAやオーストラリアなどでは盛んにおこなわれていますが、フランスなんかではほとんど知られていません。若い人が多少反応しているくらいでしょう。フランス語学校にハロウィン仮装で行っても、場違いなこと甚だしいと私は思うのですが。

 もっともハロウィンという行事のことを、私は小学生の頃から知っていました。
 マンガ「ピーナッツ」にハロウィンネタがちょくちょく出てくるのです。ご存じのかたも多いと思いますが、

 ──ハロウィンの夜には空から「カボチャ大王(グレート・パンプキン)がやってきて、良い子にプレゼントをくれる

 ということを、登場人物のひとりライナスが強固に信じ込んでいるのでした。ライナスはカボチャ大王の降臨を拝そうと、毎年のようにカボチャ畑に泊まり込みます。他の子たちにもカボチャ大王のことを盛んに言い立てるのですが、もちろんみんなにバカにされます。1回だけ、ライナスにホの字のサリーチャーリー・ブラウンの妹)が説伏され、一緒にカボチャ畑に泊まり込みますが、もちろんカボチャ大王は現れず、翌朝ライナスを責め立てます。
 しかし、バカにされればされるほどライナスは余計に信仰を深め、殉教者的な気分にひたるようになるのでした。カボチャ大王が現れないのは自分の信仰が足りないからだと自責するのです。
 作者はおそらく、かたくなな信仰心というものの滑稽さを風刺しているのだと思われます。カボチャ大王という、誰が聞いても笑えるような架空の「神」を介して、偏狭に凝り固まった信仰心というものは外側から見ればこれほどバカバカしいのだと暗示しているのだと言えるでしょう。
 ライナスの親友であるチャーリー・ブラウンはとうとうしびれを切らして、
 「きみ、狂ってるよ!」
 とライナスを怒鳴りつけます。しかしライナスは怒るどころか憐れみさえ眼に浮かべ、
 「いいじゃないか。きみはサンタクロースを信じ、ぼくはカボチャ大王を信じてる。何を信じるかは問題じゃない、敬虔さが大切なんだとぼくは思ってる」
 と答えるのでした。
 確かに、サンタクロースも同じようなものかもしれません。ただサンタクロースの場合は多くの人に知られているがゆえに、親などがその役を演じて、実際にプレゼントを持ってきてくれます。カボチャ大王はライナスだけの信仰であるため、誰もプレゼントを持ってきてくれはしないのですが、しかし架空の恵み主を信じるということでは、サンタクロースもカボチャ大王も優劣はつけられないのではないでしょうか。こうしてみると「カボチャ大王」はけっこう深い哲学的内容をはらんだ問題提起であったかもしれません。そういう提起がしばしばなされるのが「ピーナッツ」の魅力でもありました。
 ともあれ私は「ピーナッツ」のそのくだりを読んでハロウィンを知ったのであり、従ってそのイメージは常に「カボチャ大王」と結びついていました。
 「ピーナッツ」には「トリック・オア・トリート」のネタもありましたが、こちらはあまりイメージが湧きませんでした。谷川俊太郎氏の訳では「いたずらかおごり」となっており、なんのことかよくわからなかったのです。実際のところ「トリック・オア・トリート」のうまい日本語訳というのはお目にかかったことがありません。「お菓子くれないといたずらしちゃうぞ」では長すぎて間延びしますし、「いたずら、それともお菓子」では舌足らずのような気がします。

 この「ピーナッツ」のネタが、アイザック・アシモフ『黒後家蜘蛛の会』に出てきたのを見たときには驚きました。ある男が、

 ──ある意味、クリスマスとハロウィンは正確に一致すると言っても良いですからね。

 と口にした真意はどこにあるのか、というのがその物語のメインの謎で、例によって黒後家蜘蛛の会の面々があれこれと推測し合う中で、いつも素っ頓狂なことばかり言って一同を苦笑させている画家のマリオ・ゴンザロが、
 「その男は『ピーナッツ』のファンだったんじゃないかね。ライナスのカボチャ大王が出てくるだろう。あれはサンタクロースのもじりだからね」
 と発言し、みんなにブーイングを食らうというくだりがあったのでした。
 さて、クリスマスとハロウィンが正確に一致するという意味がおわかりでしょうか? ネタバレになりますので字を隠してご説明いたします。

 クリスマスは12月25日、ハロウィンは10月31日です。これを英語で書くと、25 Decemberと31 Octoberです。略号だと25 Dec.と31 Oct.となります。
 さて、10進法の25は、8進法で表すと31となります(3×8+1=25)。つまり、

  25(10進法)=31(8進法)

 であることが示されます。
 ところで、10進法は英語でデシマル・システム(Decimal system)、8進法はオクタル・システム(Octal system)です。つまり略記すると、

  25 Dec.=31 Oct.

 となり、両者が正確に一致することがわかりました。
 男はコンピュータを使った犯罪を犯して逃亡中で、身を隠していたにもかかわらず、ついこういう発言をしてしまい、8進法に馴れたコンピュータ専門家であることをみずから暴露してしまったのでした。


 ハロウィンと言えば、私たちには忘れがたい事件もありました。「服部くん事件」としてご記憶のかたも多いでしょう。
 1992年、USAにホームステイ中だった日本人高校生の服部剛丈くんが、ホストファミリーと一緒にハロウィンの行事に出かけ、「トリック・オア・トリート」で周辺の人家を訪ねたところ、予定していたのと別の家に行ってしまい、そこで射殺されてしまったといういたましい事件でした。
 発砲者であるロドニー・ピアーズは、銃を構えて「フリーズ」つまり「動くな」と服部くんに呼びかけたのですが、服部くんはどうやら「プリーズ」つまり「ようこそ」と聞き違えたらしく、「パーティで来たんです」と笑顔で答えて一歩踏み出したところ、ズドンとやられてしまったのでした。「プリーズ」と言っていることではあるし、銃を構えていたのは冗談なのだろうと思ったのかもしれません。ただし、その後出版された検証本では、この聞き違え説は否定されているそうです。服部くんが死んでいるので、本当のところはわかりません。
 それだけなら不幸な事件のひとつに過ぎませんでしたが、裁判にかけられたピアーズが、陪審員の全員一致で無罪になったところから、USAの銃社会ぶりはちょっと行き過ぎているのではないかという批判が捲き起こりました。結果、USAでははじめてと言って良い銃規制法(ブレイディ法)が生まれるまでになりましたが、銃で武装することを「自衛の当然の権利」と考えているアメリカ人のこと、規制に反対する意見も根強く、時限立法であったブレイディ法は延長されることなく2004年に失効しています。
 ピアーズは刑事罰は免れましたが、民事訴訟のほうでは大敗し、巨額の賠償金を支払うはめになりました。その後の調べで、ピアーズが5挺もの銃を所持しているガンマニアであったこと、庭に入ってきた犬や猫をちょくちょく撃っていたこと、妻の前夫とトラブルがあって
 「こんど来やがったら殺してやる」
 などと公言していたことなどが判明し、殺意があったと推測されたのでした。一事不裁理の原則により、刑事裁判をもういちどやり直すことにはならなかったものの、民事でたっぷり償わなければならなかったわけです。ただし、ピアーズはその後自己破産を申し立てたため、実際には火災保険から一部の賠償金が支払われただけであったそうです。
 ハロウィンイベントに夢中になるのも良いのですが、日本人としてはハロウィンに関連して、服部くん事件のことを頭の片隅にでも置いておくべきではないかとも思えるのです。

 あと私個人の想い出としては、アイスクリーム店の「ハローイン」があります。いま検索してみてもまったくヒットしなかったので、すでに全店閉鎖して久しいのでしょうが、サーティワンが現在のようにはびこる以前は、けっこう見かけたものでした。
 私は小学校6年から高校2年まで武蔵野市に住んでいました。JR駅は三鷹がいちばん近かったのですが、井の頭線に乗る必要が多かったため、吉祥寺に出ることが普通でした。
 吉祥寺駅の三鷹寄りのガード下にはショッピングセンターがあって、現在はアトレですが、当時はロンロンという名前でした。私はロンロンの出口附近に自転車を駐めていることが多かったので、毎日のようにロンロンの中を歩いていました。
 出口近くに、ハローインがあったのでした。そこでちょくちょくアイスクリームを買って食べました。スタンプカードに10個だか20個だかのスタンプが捺されていっぱいになると、1個無料で貰えるのですが、その無料のも何度か貰った記憶があります。いまのサーティワンほどいろんなフレーバーが揃っているわけではありませんでしたが、懐かしい想い出で、私はハロウィンと聞くとついつい「アイスクリーム」と連想してしまうのでした。

 仮装イベントとしてのハロウィンは、日本でももう少し続くかもしれませんが、そのうち飽きられそうな気もします。クリスマスと違って、少なくとも日本でおこなわれているハロウィンには、さしたるストーリー性が無さそうだからです。バレンタインデイも製菓業界の画策したイベントとはいえ、ここには恋愛という要素がからまっているために、ストーリーが作られやすい下地となりました。ハロウィンにはいまのところ、そういうものがありません。ストーリーの無いイベントは、飽きられやすいと思うのです。
 ジャック・オ・ランタンに使われるオレンジ色のカボチャも、日本ではあまり馴染みがありません。日本ではカボチャと言えば緑色に決まったものです。小道具も外来とあっては、根っこがしっかり張られているとは言いがたいでしょう。ハロウィンは、あと10年程度騒がれて、日本では徐々にフェードアウトしてゆくのではないかと私は予想しています。いかがなものでしょうか?

(2015.10.28.)

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