忘れ得ぬことどもII

113番元素ニホニウム

 原子番号113の元素を日本の理化学研究所が発見したことが認められ、命名権が与えられました。まだどういう名前にするかは決まっていないようですが、ジャポニウムというのが有力候補であるようです。
 過去、ニッポニウムと名付けられた原子がありました。明治41年小川正孝博士により43番の元素として発見されたものでしたが、のちに別の元素と判明し、残念ながら日本の名前を元素表に載せることはできませんでした。なお現在の元素表での原子番号43はテクネチウムで、自然界には存在しない(ウランの核分裂の際に微量生成される)とされています。小川博士の発見したのは、おそらく原子番号75のレニウムであったろうと考えられており、当時まだ未発見でしたので、新元素発見の栄誉が小川博士に与えられても良かったはずなのですが、これが43番であると思い込んでいるあいだにドイツの科学者に先を越されてしまったのでした。
 そんなわけで、今度の113番の発見は雪辱の意味合いもあったようです。ただ、一旦元素表に載った名称は、のちに抹消されても二度と使えないというルールがあるため、ニッポニウムの名前はつけられません。

 元素名に国名を冠することに眉をひそめる向きもあるようですが、ゲルマニウム(ドイツ)、ルテニウム(ロシア)、ポロニウム(ポーランド)、フランシウム(フランス)、アメリシウム(アメリカ)といった例もありますので、その国ではじめて見つかった元素に国名をつけるのはまず妥当と言って良いでしょう。他に理研の立役者である仁科芳雄博士にちなんでニシナニウムとか、日本初のノーベル賞受賞者である湯川秀樹博士にちなんでユカワニウムとかの候補もあるそうですが、それらはふたつめ以降ということで良いのではないかと思います。

 USAやロシアとの競争に競り勝って発見の栄誉を認められたのは、もちろん慶ぶべきことですし、こいつは春から縁起がいいや、という気分にもなりましたが、ちょっと残念なのは、ウランより原子番号の大きい「超ウラン元素」は、「発見」と言っても実際には「製造」に近く、力わざみたいなところがある点です。
 つまり、地球上に天然に存在する最大の原子番号を持つ元素がウランなのであって、それより大きいものは人工的にしか作れません。非常に不安定で、短い期間で他の、もっと原子番号の小さい元素に崩壊してしまいます。だから天然には存在しないわけで、かつて存在していたとしてもとっくにすべて崩壊済みということになります。
 原子番号というのは具体的には、その原子に含まれる陽子の数をあらわします。陽子はプラスの電荷を持っているので、お互い同士は反撥し合います。その陽子同士をくっつける糊の役割を果たしているのが中性子です。陽子が増えれば増えるほど、必要な糊の量もどんどん増加します。原子番号20のカルシウムあたりまでは、原子量(原子の重さ)はほぼ原子番号の倍になっており、これは陽子と同数の中性子によって形成されていることを意味していますが、21あたりから中性子の率が増え始め、40番ジルコニウムでは原子量は91となり、50番スズでは119、60番ネオジムでは144、70番イッテルビウムでは173……と増え続け、ウラン(92番)では238、つまり陽子92個に対して146個の中性子がくっついていることになります。
 本来反撥し合う陽子が、原子核という狭い空間内に押し込められているわけなので、何かきっかけがあればすぐに飛び出そうとします。これが崩壊です。
 超ウラン元素というのは、すぐに崩壊してしまうものを加速器で無理矢理作ってみたというものです。その中でも、アクチノイドと呼ばれる93番(ネプツニウム)〜103番(ローレンシウム)は、崩壊までの時間がそこそこ長く(プルトニウム──94番──などはむしろ長すぎるのが問題だったりします)、少なくとも数時間くらいは保つものが多いのですが、104番(ラザフォーディウム)以降の超重元素となると、本当に一瞬で消え失せてしまいます。その一瞬をいかに証明するかというのが問題になるのです。
 113番も同様でした。この元素はいままで仮に、ウンウントリウムと呼ばれていましたが、これはまさに「イチ・イチ・サン元素」というだけの意味です。平均寿命はわずか2ミリ秒(500分の1秒)に過ぎません。これでも超重元素の中では寿命が長いほうとされています。
 加速器でいろんな原子核をぶつけ合い、うまいこと一瞬でもくっついた形跡があって、それまで見つかっていないパターンだった場合に、それで新元素の「発見」とされるわけで、なんとなく釈然としない気分なのは私だけでしょうか。どうしても「発見」というよりも「製造」ではないか、と思えてしまいます。
 もちろん、一瞬で消えてしまうそれらの元素が、直接何かの役に立つということもありません。何かを作る材料になるわけでもないし、何かの反応の触媒になるといったことも無いわけです。もしかしたら宇宙の歴史のある時期に存在したかもしれない、という以上の現実的意義があるようには思えません。
 しかしまあ、それも仕方のないことです。小川博士がニッポニウムを発見したと考えた頃は、元素表もまだまだ穴だらけでした。しかし今や、それらの穴はすべて塞がれ、1番(水素)から112番(コベルニシウム)まで、きれいに順番に埋まってしまっています。もう加速器で「製造」する以外に、新元素など見つけようがないのでした。
 ちなみに113番よりあとでも、114番のフレロヴィウム、116番のリヴァモリウムはすでに見つかって(作られて)います。他の番号のものも、いくつか見つかったと報告されたものがありますが、公式機関に認められていません。113番も、USAやロシアの他の研究所から発見の報告がなされていましたが、確実性ということで理研に軍配が上がったのだそうです。一瞬で崩壊するのでは、「ほらこれです」と手にとって見せるわけにもゆきませんので、認められるかどうかは、いかに証明するかということにかかってきます。

 せっかくジャポニウムという名前の元素ができるのなら、

 ──この機械にはジャポニウム製の素材が使われていて……

 とか、

 ──期待の新薬、ジャポニウム○○%配合!

 とかいった記事を見てみたいものですが、残念ながらそんなことにはなりそうにありません。
 ちなみに、「ジャパニウム」という物質が「マジンガーZ」に出てきます。これは加速器の中で作られる瞬間元素ではなく、れっきとした「金属」であるようで、これを精錬したのがマジンガーの素材となった超合金Zであり、マジンガーを動かす光子力エネルギーを産み出す触媒にもなるのだそうです。ミスリルオリハルコンなどと同様の空想世界の素材ですが、このため「ジャポニウム」ではなく「ジャパニウム」という命名を願っている人もけっこう多いとか。
 ジャパニウムは英語のJapanに基づき、ジャポニウムはラテン語Iapon(これだと発音は「ヤポン」になりそうですが)に基づくというだけの違いですが、私は超合金Zへの憧憬や感傷を充分理解した上で、やはりジャポニウムのほうが良いように思います。ジャパニウムはやはりスーパーロボットを作る最強金属の名前であって貰いたく、500分の1秒で消える瞬間元素とは別に考えたい気がするのです。

 元素もそうですが、素粒子も加速器内ではものすごい種類が見つかって(作られて)います。もはや「素」粒子という呼びかたが不都合に思われるほどで、しかも今後まだまだ増えそうです。
 6種類のクオークが理論どおりに発見されたのも、何年か前にヒッグズ粒子が確認されたのも加速器のおかげですから、無駄なこととは言いませんが、このまま際限なくいろんな粒子を見つけて(作って)いって、その先はどうなるのだろうかと思ったりします。
 私は超ひも理論がわりと好きなのですが、この理論の妥当性についてはまだこれから検証してゆかなければならないとはいえ、際限なく増えてゆく素粒子の種類を一元的にすっきり説明できるところが気に入っています。つまり、この世界の究極的な根源は、点状の素粒子ではなく長さを持った「ひも」であり、無数にあるように見える素粒子は、すべてこの「ひも」の異なる「モード」だというのが超ひも理論のキモです。素粒子が一見たくさんあるように見えるのは、喩えるならヴァイオリンの弦が、無数の音程を奏でることができるようなものだ……というのが論者の説明で、音楽をやっている身にはとてもよく理解できるのでした。これなら、今後いかほど新しい素粒子が発見されても、すべて手の内みたいなものです。
 素粒子はまだ、宇宙創生の謎に迫ったり、重力その他の謎を解き明かしたりする助けになるかもしれないという期待がありますが、超重元素のほうは、今後どんどん原子番号の大きいものを製造したところで、何か良いことがあるのだろうかと疑問に思えてしまいます。113番元素の命名で、日本の科学技術の足跡を元素表に残したということで、ひとまずこの方面からは足を洗っても良いかもしれません。
 もちろん、円周率や素数の桁数が、いまやコンピュータの性能を測る水準器のようになっているのと同様、超重元素作成という作業過程が、加速器の性能を高めるために有用であるというのなら話は別です。本末顛倒のようですが、ウランまでの元素表が完全に埋まった時点で、本末、つまり「新元素の発見」と「加速器の性能アップ」の重要度の比率は、とっくに入れ替わっていると考えるべきでしょうね。

(2016.1.23.)

【後記】113番元素の名前は、その後「ニホニウム」と決まりました。「ニッポニウム」への遠い追憶があったのかもしれません。

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