外来のヒアリがだいぶ入ってきているようで、騒ぎになっています。
私は最初、赤い色をしているので「緋アリ」かと思っていたのですが、fire antの訳なのだそうで、「火アリ」だったようです。見た目以外にも、獰猛な性質とか、刺されると火傷したように痛いとか、そんなことが重なっての命名かもしれません。
最近になってあちこちで見つかっているようですが、そんなに急速に拡がるものなのか、実はもっと前から入り込んでいたのではないかと疑わしかったりします。中国からの貨物についてきたらしいというのですが、原産はアメリカ大陸で、そこから東南アジアや南インド、オーストラリアなどで繁殖したアリです。
熱帯や亜熱帯に主に棲みついているので、日本ではそんなに拡がらないのではないかという希望的観測もあります。しかし、東京の夏の気温や湿度がジャカルタに近くなっているという話を聞くと、楽観はできないような気もします。冬越えさえできれば問題はないわけで、地中に巣を作られてしまうとそれも可能になるでしょう。地面の下というのは、50センチ掘っただけでも、地表の温度変化の影響をずいぶん受けなくなってしまいます。
騒がれはじめた最初の頃は、ヒアリは非常に毒性が強く、刺されるとその部分が激しく腫れ上がり、ときには死に至ると怖れられていました。セアカゴケグモのときの騒ぎと似ています。
その後、落ち着いて検証する人も出てきて、人間が刺されてもそうそう死ぬなんてことはないらしいとわかり、多少は安心が戻ってきた感じです。 怖いのはスズメバチなどと同様のアナフィラキシーショックで、刺されるとからだの中に抗体ができ、その抗体反応のために再度刺されたときに症状が激越になり、もしかすると命に関わるかも、というほどの話であるようです。
考えてみれば、アリに咬まれた、刺されたという経験は、これまで半世紀以上生きてきましたがあんまり憶えがありません。普通に暮らしていれば、そうそう経験することではないのではないでしょうか。
もちろんヒアリの場合、国内産のアリたちに較べて攻撃性が非常に高いらしいので、人間に牙を向けてくる可能性が大きいとも考えられます。だとしても、人間の愉快犯やサイコパスのように、誰彼構わず面白半分に襲いかかってくるなどという生き物はまず居ないのであって、「エサ」として見られたとき以外は、理不尽に刺されるということは考えられません。何か邪魔をしたとか、巣を壊そうとしたとか、なにがしかの理由があるはずで、つまりは連中の習性をよく知ってあまり関わらないようにすれば、被害に遭うことはさほど考えなくても良いのではないかと思います。 ヒアリの急速な繁殖は、国産のアリが阻止してくれるのではないか……という、これまた希望的観測があります。
しかし、これはあんまり期待できないような気がします。国産の生き物は、どうも外来種の侵略には弱いようで、いままでの例を見てもたいてい負けています。秋の鳴き虫として代表的だったマツムシはすっかり外来のアオマツムシに取って代わられ、ほとんどレッドゾーンになっていますし、タンポポもセイヨウタンポポばかりはびこるようになりました。
国産の代表的なアリであるクロヤマアリは、大きさだけならヒアリの倍近くありますが、一体におとなしい性質で、人を咬むようなことも滅多にありません。さらに大きなクロオオアリというのも居ますが、これもおとなしく、まさに「気は優しくて力持ち」といったところです。一対一なら負けないかもしれませんけれども、群れ同士になるとヒアリの攻撃性にやられてしまう可能性があります。それにクロヤマアリなどとヒアリの生活圏が抵触するかどうかも、いまのところよくわかっていません。あんまり抵触せず、棲み分けるようになったら厄介です。あるいは繁殖力に大差があった場合、徐々に生活圏が脅かされ、奥地へ追われてゆくなんてこともありうるでしょう。
ちなみにミツバチも、ニホンミツバチは繁殖力の差でセイヨウミツバチに押され気味ですが、ニホンミツバチにはセイヨウミツバチに無い秘技があります。それは、天敵であるスズメバチに対する逆襲が可能であることです。
長年のスズメバチとの抗争で、ニホンミツバチはスズメバチを倒す方法を身につけました。名づけて布団蒸し作戦、スズメバチが巣に襲ってくると、ミツバチたちは大挙してスズメバチのからだに取り付きます。そして盛んに羽根を震わせて発熱します。スズメバチが耐えられなくなる温度よりも、ミツバチの耐久温度のほうがわずかに高いので、この温度差を利用し、ミツバチはスズメバチを蒸し殺してしまうのでした。棲息環境にスズメバチが居らず、せいぜいクマンバチくらいしか強力な敵の居なかったセイヨウミツバチ(そういえば「みつばちマーヤの冒険」でも、敵として出てくるのはクマンバチでした)にはこの技は無く、そのため養蜂家の巣箱などがスズメバチに襲われるとあっさり全滅してしまいます。
ヒアリの場合も、天敵に対する抵抗力の差などで繁殖が抑えられたりすれば良いのですが、あまり期待できる話でもありません。 ヒアリの天敵は何かというと、いちばん効果があるのはノミバエだそうで、USAではヒアリの駆除に活用しているようです。もっとも、ヒアリを直接食べるとかそういうわけではなくて、ヒアリの体内に寄生して衰弱死させるという天敵だそうです。この種の天敵を安直に輸入したりするのは考えもので、ノミバエが肝心のヒアリよりも、動きの鈍いクロオオアリなどに寄生してしまうのが眼に見えるようです。またノミバエ自体も、なんとなく不快害虫みたいなことになりそうな気がしてなりません。
蜘蛛のたぐいでヒアリを捕食するのも居るようです。またトンボが飛行中のヒアリの女王を補食するのも観測されているとか。また直接大量に食べてくれるのはアルマジロなんだそうですが、残念ながら日本には野生のアルマジロは居ませんし、これも安易な導入は危険でしょう。沖縄でハブを退治するために輸入したマングースが、ちっともハブを捕らずに、ニワトリとかウサギとかばかり襲ったという話を思い出します。マングースは別に毒蛇を食べることを好んでいるわけではなく、毒蛇もエサの一種というだけのことで、考えてみればもともとイタチの仲間なのですから、もっと楽に捕食できる獲物があればそっちを襲うでしょう。天敵の導入というのはそういう危うさをはらんでいます。 日本ではエサが足りない、ということも無いでしょう。もともとアリの仲間というのは、人間に匹敵するくらいの雑食性を持つものが多く、およそなんでも食べます。雑食性というのは、この地球上で繁栄するためには必須の技と言って良いでしょう。エサの種類が限られる偏食な生き物というのは、ちょっとした環境変化ですぐに絶滅の危機にさらされます。
有史以来、人間によって絶滅に追い込まれた生き物はたくさん居ます。人間が絶滅させたというと、なんとなく、必要以上の乱獲によって亡びたという印象を持ってしまいますが、そんなケースよりも、人間が原野や森林を開拓することで、エサの種類の限られている生き物がエサを得られなくなって亡びたというケースのほうがずっと多いでしょう。つまり、人間の開発が生態系を乱して、その系の中の生き物が存続できなくなったというわけです。たいていの生き物は、食べるものがだいたい決まっており、あるエサが無くなれば別のもので代替するという融通性を持っていない、偏食家なのです。
人間に迫るほどの知能を誇る類人猿たちが、軒並み絶滅危惧種になってしまっているのも、彼らが偏食であるせいです。個体の腕力とかそういうことを較べれば、人間などゴリラはもちろん、オランウータンやチンパンジーよりも脆弱と思われますが、それを補うための武器を作成する知能と共に、「およそなんでも食べられる」ということが人間の強力無比な能力なのでした。
人間の食物は、哺乳類・鳥類・魚類を中心として、カメやワニなどの爬虫類や、サンショウウオやカエルなどの両生類にも及びます。円口類(ヤツメウナギ、ヌタウナギなど)を食べることもありますので、脊椎動物はほぼコンプリートです。無脊椎動物も食べまくりで、原索動物(ホヤなど)、棘皮動物(ナマコ、ウニなど)、節足動物(エビやカニなどの甲殻類やある種の昆虫類など)、軟体動物(貝、タコ、イカなど)、腔腸動物(クラゲなど)等々。ユムシなどというよくわからない種類の動物を食べる地域もあります。環形動物はさすがに無いかと思えば、風邪薬としてミミズの黒焼きを服用したりしていますからこれもアリです。なおアスピリンというのは、ミミズの成分を参考にして作った薬だそうです。メジャーな分類でまず食べなさそうなのは扁形動物(プラナリア、ジストマ、コウガイビルなど)と海綿動物くらいでしょうか。
もちろん動物だけではなく、植物もいろいろ食べます。穀物や野菜ばかりではありません。ツクシなどという不思議なものも食べてしまいます。またキノコなどの菌類も平気で食べてしまいます。
これだけ食べられれば、まさに世界中で生きてゆけます。住んでいる地域で食べるものが無くなれば、食物を求めてきわめて長距離を移動することもありました。もともと食べていたものでなくとも、簡単に代替品が見つかるというのが雑食の強みです。
人間に匹敵する雑食動物は、哺乳類仲間ではせいぜいシャチくらいでしょうか。シャチも海のもの、海辺のものならなんでも食べる(胃袋からサメの肉が見つかったこともあるし、岸に居るアザラシなどを襲うこともあるようです)ので、世界中の海で繁栄しています。ただ植物性のエサは食べないようなのが惜しいですね。
しかしながら、アリは人間に迫る雑食性を持っています。いや、人間を上回るかもしれません。
前に書いたかもしれませんが、玄関先で大きなゴキブリを殺したことがあり、そのまま放置しておいたところ、少し経って見てみるとそのゴキブリの死骸にアリがたかっていました。そしてさらに30分ほどして見てみたら、驚いたことにゴキブリの死骸は影も形もなくなっていました。アリたちが自分の巣に運んでしまったのです。もちろん食べるためでしょう。ゴキブリの大きさはアリの5倍くらいはあり、重さに至っては100倍近くあったのではないかと思いますが、アリたちは平気でそれを運び出してしまいました。
この雑食性は、ヒアリも同様であるようです。樹液や花の蜜なども好みますが、トカゲに襲いかかって食べてしまったという報告もあります。
日本の都市部なら、生ゴミがいくらでも棄てられていますから、ヒアリが食糧に困るということはまず無いでしょう。 いずれにしろ、日本のヒアリはまだ発見されて間もなく、国内にどのくらい入り込んでいて、どんな生態を持っているのかということもよくわかっていません。冬を越せるだろうというのも、食糧に困らないだろうというのも、国産のアリではかなわないだろうというのも、すべて推測です。駆除するにしろ、諦めて共生するにしろ、まずは敵のことをよく知る必要がありそうです。
さしあたって、刺されるとすぐさま命に関わるというほどの「恐怖の虫」というわけではなかったようなので、じっくりと根気強く対処してゆくことが肝心だと思います。
(2017.7.22.)
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