USAの民主党から、大統領選出馬を表明しているバーニー・サンダース上院議員が、こんな選挙公約を掲げたそうです。 ──大統領に当選したら、政府が所有する地球外生命体(ET)や未確認飛行物体(UFO)に関する情報を開示する。 テレビ番組に出演したときに発言したそうで、奥さんから 「いったい何が起きているの? あなたは情報を入手できるの?」 と訊かれて、自分の立場では情報にアクセスできないと答えたとか。それがくやしかったのかもしれません。 それにしてもこんなことが選挙公約として通用してしまうUSAという国は、やはり面白いと思います。 確か、ヒラリー・クリントンもおなじようなことを言っていた記憶があります。 アメリカ人というのは合理主義の権化のように見えて、不可知論なんかも案外根強く残っているようです。妙な新興宗教がはやる下地も充分にあるのではないでしょうか。そういえばアシモフの『黒後家蜘蛛の会』でも、何回かその種のあやしげな宗教団体がネタになったことがありました。 前世紀のはじめごろ、英国でも心霊術などがはやったことがあります。当時の英国の小説などを読むと、降霊会(セアンス)を扱ったものがけっこう多く、田舎のカントリーハウスなどに人が集まるとよく開催されていたらしいことが伺えます。コナン・ドイルが晩年に心霊術にのめり込んだのも有名な話です。戦死した長男の霊と話したがっていたということです。 そういう点、英国とUSAとは似ているようでもありますが、ただ英国におけるその種の流行は、どこかに「お遊び」があるように思われるのに対し、アメリカ人のほうが何か真剣というか、せっぱ詰まった様子が感じられる気がします。清教徒という、マジメでカタブツで精神に余裕のない人々が、英国から逃げ出して作り上げたのがUSAという国の原型であるわけですが、この違いはそういう由来によるものなのかどうか。 ともかく、異星人とかUFOとかの話になると、アメリカ人というのは異様に盛り上がってしまうようです。 NASAがすでに異星人と接触していて、世間を騒がせないためにそれをひた隠しにしていると信じている人も、かなりのパーセンテージになるのではないかと思います。子供ほどの身長で、やたらと眼が大きい異星人「グレイ」の写真などは、わが国のマンガなどでもしょっちゅうパロディされていますね。 さて、異星人はすでに来ているのか、来ていないとしても近づいてはいるのか、接触する可能性は高いのか低いのか、気になるところではあります。 地球外文明がわれわれと接触するかどうかについては、半世紀以上前に、ドレイクの方程式というのが考案されています。フランク・ドレイクという天文学者が考案した方程式ですが、この人もアメリカ人でした。その方程式とは、 N=R*×fp×ne×fl×fi×fc×L で、このNが「われわれの銀河系に存在し、人類とコンタクトする可能性のある地球外文明の数」とされます。 それぞれの変数の意味は、 R*が「銀河系の中で1年間に誕生する恒星の数」、 fpが「ひとつの恒星が惑星系を持つ確率(pはプラネット)」、 neが「ひとつの恒星系が持つ、生命の存在が可能となる状態の惑星の平均数」、 flは「その中で実際に生命が発生する確率(lはライフ)」、 fiは「さらにその中で、発生した生命が知的なレベルまで進化する確率(iはインテリジェンス)」、 fcは「知的なレベルになった生命体が、星間通信をおこなう確率(cはコミュニケイション)」、 そしてLは「知的生命による技術文明が通信可能な状態にある期間(技術文明の存続期間)」 となります。 はたしてNがどういう値になるかは、それぞれの変数をどのくらいに見積もるかによってまるで変わってくるので、そんなに意味のある方程式であるのかどうか微妙ではありますが、まあ頭の体操にはなるでしょう。 ドレイクらが用いた推定値は、 R*=10、つまり銀河系内で1年間に生まれる星は10個、 fp=0.5、つまり惑星系を持つ恒星は半分、 ne=2、惑星系の中で生命が誕生可能な惑星は平均2個、 fl=1、生命が誕生可能であれば確実に生命は生まれる、 fi=0.01、誕生した生命のうち1%が知的生命に進化する、 fc=0.01、知的生命を有する惑星の1%が通信可能、 L=10000、通信可能な技術文明の存続期間は1万年、 というものでした。これで計算するとN=10となります。銀河系の中に、われわれと交信できる可能性のある地球外文明は10個ほどというわけです。 ただ、これらの変数の値はあんまり根拠がありません。たぶんR*とfpは実際の値とさほどかけ離れてはいないと考えられます。最近の観測によると、実はたいていの恒星が惑星系を持っているのではないかと思われないでもないのですが、その多くは木星型のガス惑星であるようで、地球型の岩石惑星がどの程度あるかはまだなんとも言えません。だからやはり半分くらいと考えておいて良さそうです。 neはどうでしょうか。ドレイクがイメージしたのは火星ではないかと思いますが、そうでなくとも、この太陽系に地球以外にもうひとつくらい生命が誕生した星があって欲しいと思う人は多いでしょう。火星はどうも望み薄ですが、地球以外に唯一液体の水で覆われているエウロパ(木星の衛星)など、可能性はまだ残っています。ただ、この太陽系で1〜2個、という可能性を、他の恒星系に単純に適用してしまって良いかどうか。私の直感としては、1よりも小さい値になるのではないかと思います。 flは、意外にも異論が少ないそうです。地球を見る限り、生命が誕生可能な状態(液体の水に覆われる、適温、宇宙線を吸収する大気や雲の存在など)になってから実際に生命が誕生するまでには、ほとんどタイムラグがないのだそうで、生命というのは条件さえ整えばわりに簡単に生まれるのではないかというのが最近の説であるようです。 さて、そうやって誕生した生命のうち、知的生命と呼べるまでに進化する可能性fiが1%というのはいかがなものかということになります。これに関しては、天文学者と生物学者とのあいだに非常に大きな見積もりの差がありそうです。生物学側から見ると、人間の誕生までには、ほとんどあり得ないような偶然が幾重にも積み重ねられており、とても1%などという確率で知的生命が生まれるとは思えないということになるでしょう。これに対し天文学側では、何も地球における人間と同じ道筋をたどらなければならないわけではなく、まるで別の進化によって知的生命となることだってあるだろう、という考えかたなのではないでしょうか。どちらが正しいかは、地球以外のサンプルが皆無であるため、判定不能です。ただ、地球の歴史において、人間らしきものが生まれたのが、その最後の1000分の1よりもあとのことであると考えると、1%というのはかなり過大な見積もりではないかという気はします。 さらに星間通信技術を持つ可能性fcとなると、ホモサピエンスの歴史上でも最後の1%かそこらです。この1%というのは、「知的生命によるものと判別できる電波を宇宙空間に放出しはじめてから」ということで、だいたい20世紀のはじまりと時を同じくします。ラジオやテレビの電波のほとんどはそのまま宇宙に垂れ流されているのでそういうことになります。意志を持って宇宙空間に電波を飛ばしたのはさらに50年以上あとのことになります。 そして、この技術文明がどのくらいもつのか。1万年という見積もりは大きすぎるのではないかという人が多いのではないでしょうか。ドレイクが方程式を立てた1960年代は、人々はいまよりもっと楽観的だったように思われます。 私の印象によって変数を埋めれば、Nの値は0.01〜0.05くらいになりそうで、地球外文明との接触はなかなか難しいのではないかという感触です。ただ、将来「地球外文明の遺跡」と遭遇する可能性はあるかもしれません。そしてもちろん、本格的な宇宙航行時代に入り、超光速の通信・移動手段が実用化されたとすれば、同等の文明段階にある異星人と接触する可能性も高くなるでしょう。ドレイクの方程式は、あくまでわれわれが地球にとどまった状態で接触可能な地球外文明の数を推定する式に過ぎません。われわれはまだ、光速を超える通信・移動手段は存在しないと決めてかかっていますが、私が何度も書いてきたように、本格的に宇宙を相手にするのであれば、光速というのは遅すぎるのです。超光速を使いこなすツールを手に入れて、はじめて地球人は宇宙文明に参加する資格を得るのかもしれません。 こう考えてみると、NASAが異星人と接触しているということはまず無さそうです。また地球にやってきた異星人がグレイのように「捕獲される」などというのも考えづらいことで、もし地球近傍に来た異星人が居たとしても、まずは通信による接触を図ろうとするでしょう。本人が生身でやってきてうかうか捕まってしまうとは思えません。 もっともわれわれ日本人は、各種特撮番組・アニメ番組のおかげで、毎週のように異星人の襲来を経験しており、その意味ではアメリカ人より「醒めている」ところがあるかもしれません。異星人が地球にとけ込んで普通に生活しているなんて話も、もう日常マンガレベルの設定になっています。サンダース上院議員の公約を聞いても、ネットの反応もわりに薄いようでした。 ちなみにUFOというのは、飛行機乗りならほとんど誰でも目撃体験があるとのことです。「未確認飛行物体」なのですから、直接の交信や管制からの通告が無い限りは、他の飛行体は最初はすべてUFOということになります。それが「空飛ぶ円盤」「異星人の宇宙船」であるかどうかはまた別の話です。 ところで宇宙ネタでは、もうひとつ興味深いニュースを読みました。イスラエルの月探査船「ベシレート」がコントロール不能になり、月面に墜落してしまったのですが、その積み荷の中に、どういうわけだか数千匹のクマムシが含まれていたというのでした。
いったいイスラエルが何を考えて月にクマムシを送ろうとしたのか、さっぱりわからないのですが、ともあれ数千匹のクマムシが月面にばらまかれてしまいました。 クマムシというのは体長1ミリほどの小さな虫で、「緩歩動物」という馴染みのないカテゴリーに属します。最近の「動物びっくり話」的な本にはたいてい採り上げられているので、案外と知名度は高いようです。何がびっくりかというと、この虫、真空中でも超高温中でも超低温中でも、乾燥していても放射能にさらされていても、平気で生きているのでした。いや、生きているというと適切ではないかもしれません。仮死状態となり、一切の生命活動を休止するのですが、もとの環境に戻せばすぐに生き返って普通に活動をはじめるというすごい動物なのでした。「隠された生命」という意味であるクリプトビオシスという現象の代表例となっています。 さて、月面はまったく空気のない真空状態ですし、陽が当たれば摂氏120度の超高温となり、影に入れば零下150度の超低温となり、乾燥しきっており、宇宙線は降り注ぎまくりです。しかし、これはクマムシが生き続けられる環境でもあります。つまり、数千匹のクマムシは、月面の過酷な環境をものともせず、クリプトビオシスになった状態でずっと生き続けるかもしれないのです。 たぶん「ベシレート」も、クマムシが月面で生き延びられるかどうか検証するために連中を連れて行ったのだと思いますが、それがばらまかれたとなると、月に「野生化した」クマムシが居ることになってしまいそうです。 クマムシのクリプトビオシスはその期間もおそるべきもので、120年前に乾燥され、ずっとカラカラに干からびた状態だったコケの標本に水を吹きかけたら、その中からクマムシが歩き出したなんて話もあります。月面のクマムシはクリプトビオシスのまま生き続け、何十年か百何十年かあと、何かのきっかけで動き出す可能性もあるわけです。このニュースはずっと記録しておかないと、遠い将来に、「月に生命反応があった!」なんて話になりかねません。 それだけなら良いのですが、宇宙線にさらされ続けたクリプトビオシス状態のクマムシが、何か妙な突然変異を起こしやしないかということも気になります。まあマンガ「テラフォーマーズ」みたいに、火星に放ったゴキブリがわずか500年ばかりで人間型に進化して地球人に襲いかかる、なんて極端なことにはならないでしょうが、ひょっとしてクリプトビオシスにならなくとも生きて活動できる個体などが生まれたら、いろいろ怖いことになりそうな気もします。 地球の生命の起源の仮説のひとつにバンスペルミア説というのがあります。宇宙空間から「生命の種」のようなものが地球に飛来し、それが蒔かれることで地球に生命が生まれた……という説です。これは生命の起源を地球外に移しただけで、生命が発祥するなんの説明にもなっていないため、まじめに顧みられることは少ないのですが、月面に放たれたクマムシは、ある意味では地球人が月面に蒔いた「生命の種」とも言えます。それが芽吹く可能性は低いとは思いますけれども、もしかしたら……とつい期待してしまう自分が居るのでした。 (2019.8.11.) |