忘れ得ぬことどもII

タッチパネルからの展望

 回転寿司屋にはちょくちょく行っているのですが、しばらく前からと較べると、だいぶ様変わりしてきた気がします。
 いちばん最初の頃の回転寿司は、調理場を客席がぐるりと取り囲んでいる形で、客席と調理場のあいだにベルトコンベアが動いていました。客は、ベルトコンベアの上を流れている皿を取っても良し、調理場に居る職人さんに直接注文しても良しということになっていました。もちろんいまでも、こういう形をとっている回転寿司屋も残っていますが、大手チェーンなどになると、あまり見られなくなりました。
 次に、調理場は隠れていて、ベルトコンベアが複雑なルートで客席の中を流れているタイプが出てきました。流れかたとしては現在もこれが主流かもしれません。空港の荷物受け取り場みたいな感じです。
 このタイプの初期の頃は、流れていない品物を注文する場合、インターフォンみたいな通話装置で調理場と話すようになっていたと記憶します。たいていは職人さんが
 「へい」
 と無愛想に答えて通話が切れました。
 その後、タッチパネル式が導入されました。各テーブルや客席に設置されているタブレット状のタッチパネルで、好きなものを注文します。調理場で寿司を握るほうも、人間の職人さんから、ロボットにだんだんと入れ替わってきたようです。いまや、運ばれてくる寿司が、人間が握ったのかロボットが握ったのか、回転寿司レベルの店では判別できなくなっています。寿司を握るときには、シャリの表面はばらけないように硬めに、内部は口に入れてほろりとほどけるべく柔らかめになるように、微妙な力加減を要求されるそうですが、そういう「職人技」はある程度高級な寿司店ならいざ知らず、回転寿司屋あたりでは客のほうも期待しておりませんので、ロボットでも良いのかなあと思ってしまいます。
 ともあれ、注文はタッチパネル式がいまや主流です。私も、職人さんに直接話しかけるような時代は、ややコミュ障気味であったこともあってどうも気後れして、ついつい流れている皿ばかり取っていたものでしたが、タッチパネル式になって、ようやくのびのびと愉しめるようになった気がします。
 さて、注文がタッチパネル式になって、注文したものの出てきかたが、また進化しました。
 当初の形であり、またいまでもいちばんポピュラーな方式は、注文品だけわかるようにして、例えば台の上に載せたりして運ばれてくるというものです。自分の注文した品物が近づいてくると、タッチパネルの画面が変わってアラームが鳴り、その旨知らせてくれます。
 これで充分といえば充分なのですが、ときどき、会話に夢中になったか、あるいは酔っぱらったかして、注文した品物を取り逃す客が居ます。品物が近づいてくるアラームは一周目にしか鳴らないので、一旦取り逃された品物はそのまま何周もしていることが多く、結局食べられないままになってしまうことも珍しくありません。回転寿司屋で食べていて、そういう品物が何度も近くを通るたびに、もったいないなあと思うのでした。
 そこで、注文品は一般のコンベアと別のレーンで運ばれてくるという方式もとられるようになりました。最初からレーンが2階建てになっていることもあるし、支線が分岐して注文主のところまで運ばれてくるというところもあります。注文主は自分の皿を取って、取ったことを示すボタンを捺したりします。
 ここまで至れり尽くせりになると、もう流れている皿はあんまり取らずに、タッチパネルでの注文ばかりになる客も多くなります。そうすると、そもそも皿を流す必要はあるのかという根本的な疑問に突き当たります。
 最新のスタイルでは、もはやベルトコンベアで流れている皿などまったく無くなり、タッチパネルで注文すると、注文した席に品物がレーンで届けられるという、それだけのことになっています。
 つまり回転寿司の極致は、回転しない寿司ということになったのでした。考えてみればえらくパラドクシカルな進化です。

 さて、回転寿司でお馴染みになったタッチパネル式ですが、最近は他の飲食店でも見られるようになりました。
 最初は大戸屋でお目にかかりました。それからガストサイゼリヤジョナサンといったファミリーレストランでも導入されるところが増えてきています。デジタルメニュー、などと呼んでいる店もあるようです。
 使ってみると、案外悪くないのでした。
 いままでの形のメニューだと、まず拡げて何を注文するか決め、テーブルボタンで店員を呼んで注文するわけですが、このとき、注文する品物をすっかり暗記しているということがわりに少ないのです。たいていは、もういちどメニューを拡げて、なんだっけ、などと言いつつ店員に伝えてゆくことになります。また、ファミリーレストランのアルバイト店員などだと、注文を復唱しないまま持ち帰り、間違った品物を出してくることもときどきあります。
 タッチパネル式は、この両方をいとも簡単に解決してしまいます。一品ずつ慎重に選んで、最後に一括で注文しますから、客としては時間がかかることを気にしなくても済みます。そして、店員のほうも品物を間違えるということはまず無くなります。
 私らはサイゼリヤなどだと、けっこうたくさんの品数を注文することが多いのですが、一気に頼んでしまうと、あの店はわりと一気に料理を運んできてしまいます。サラダとスープとパスタと肉料理がずらずらとテーブルに並んで、見た目は豪華ですがスペースが無くなって始末が悪いことがあります。それでたいてい2回に分けて注文するのですが、混んでいるときだとなかなか2回目に来てくれなかったりします。タッチパネルだと、そういう懸念なく、欲しいタイミングで注文できます。
 食後にデザートを注文している場合も、「デザートを持ってくる」というコマンドがありますので、いちいち店員を呼ぶ必要がありません。「食器を片づける」というコマンドもあります。
 要するに、店員がテーブルに来る回数を半分にすることができるのでした。
 そういう店のアルバイトは、近年は外国人であることも増えましたが、これだと店員と言葉が通じづらくて困るということもなくなります。
 人間的なコミュニケーションが無くなって冷たい雰囲気になる、といった批判もあるかもしれませんが、寿司屋のロボットと同じことで、われわれはファミレスに、店員との触れ合いなんてことまで求めてはいません。一流のレストランで、ウェイターの鍛え抜かれた見事な接客や給仕ぶりに感心する、なんてことはあり得ますが、ファミレスでそんなことを期待してもはじまらないでしょう。
 人手不足や、コミュニケーションのとりにくい外国人店員の増加といった要因で、それらの店のタッチパネル化が推進されたのでしょうが、なかなか結構です。店員が行ったり来たりしていない分、ドリンクバーなどに飲み物を取りに行くのもスムーズになりました。

 そこで思ったのですが、ファミレスレベルの店なら、タッチパネル化だけではなく、レーン配膳も導入すればいかがでしょうか。
 つまり回転寿司の最終形態と言うべき、「皿の流れていない」レーン式です。
 店の中には動くレーンが設置され、その脇にテーブルが置かれます。タッチパネルで注文すると、やがて厨房から料理の載ったトレーがレーンの上を走ってきて、注文主のところで停止します。
 この形を、別に寿司に限定せず、ハンバーグやパスタ、チキンソテーといった料理にも応用すれば良いわけです。これなら、配膳のための店員も必要なくなります。
 すでに回転寿司屋では、寿司以外のさまざまなものを皿に載せて供しています。唐揚げやフライドポテトといった一品ものから、ケーキ、ラーメンに至るまで、もうなんでもありと言わんばかりにメニューの幅を拡げています。どこぞの回転寿司屋の社長が言っていましたが、目標は寿司屋のファミレス化なんだそうです。
 それならば、逆にファミレスの側からアプローチしても良さそうです。回転寿司屋に倣ってタッチパネルを導入したのですから、自動配膳レーンを採り入れるのも、もうそんなに躊躇するようなことではないのではないでしょうか。
 最近はレーンも、あからさまにベルトコンベアが流れているという形ではないところも増えてきました。見た感じ、ただ白い布が張ってあるだけで、動いているかどうかもよくわからないようなのがあります。それなら、近くで見ていても、あわただしい気はしないでしょう。
 寿司屋がファミレス化してゆくか、ファミレスが自動配膳レーンを導入するか、いずれにしろここ数年のうちに、そういう、全自動ファミレスみたいな店が誕生するのではないかと、私は予想しています。

 回転寿司風になるのは、ファミレスよりも、牛丼屋などのファストフード店のほうが早いかとも思っていたのですが、こちらはまだ注文形態からして食券式が主流です。もっと旧式と言って良い口頭での注文のままであるところもあります。
 食券を買った時点で、厨房に「何を注文するか」が伝わるシステムを採っている店もあり、これはこれで便利です。着席すると間もなく料理が運ばれてきます。
 しかし、いまのところタッチパネルを導入したところは無いようです。そういうシステムを導入するコストと、提供価格をギリギリまで絞った値段設定とのせめぎ合いといったところでしょうか。客からすると、タッチパネル式になれば、食券購入のときにうしろからせっつかれなくて気が楽なのですが、一方この種の店からすると、客の回転率が何より大事というところもあって、タッチパネルにしてあんまりじっくりと迷われるのも善し悪しということなのかもしれません。客の滞在時間は、牛丼屋に較べるとまだ回転寿司屋やファミレスのほうが長いでしょう。
 とはいえ、時間の問題という気もします。いずれこういう低価格帯の飲食チェーン店は、タッチパネル+自動配膳レーンという方式が主流になってゆくような気がします。
 もちろん、親父さんやおばちゃんとざっかけなくだべりながら食事をしたい、という人も居るでしょう。そういう人は個人経営の定食屋などに行けば良いわけです。大体現在のファミレスや回転寿司屋だって、そんなファミリアルな触れ合いを求めて行く人はあんまり居ないと思われます。あの店のバイトのウェイトレスが可愛いから通い詰める、くらいの人なら居るかもしれませんが。
 そして、高級店は当然、タッチパネル式などにはならないでしょう。人が一流店、高級店に行くのは、料理の味ももちろんですが、それ以外の、ウェイターなり仲居さんなりの温かみのある接客や給仕ぶり、あるいは部屋の調度の見事さとか庭の景色の心地よさとか、そうした点も含めて堪能したいからであるはずです。私の予想は、あくまでファミレスレベルの、低価格帯かつ大手チェーンによる飲食店の最適化された状態という意味で申し上げているわけです。

 日本の低価格帯の飲食店というのは、いまや世界的に見ても非常にリーズナブルであるようです。500円程度でそれなりの内容のランチを外食できるなど、ほとんどの先進国では無理だそうです。確かにイタリアでもスペインでも、店に入ってランチをしようとすれば少なくとも10ユーロくらいはかかりました。500円、つまり4〜5ユーロくらいで済ませようと思えば、テイクアウトのサンドイッチくらいしか買えないでしょう。韓国などでも、20年前なら日本の10分の1くらいの値段で飲み食いできたのが、現在ではむしろ日本よりも高くつくと言います。
 まあ、長期にわたるデフレの置き土産ということもあるのですが、とにかく手頃な値段で外食ができること、その選択肢もたいへん広いことは、日本の佳いところのひとつであると思います。景気振興も結構ですが、この美点をこれからもなるべく無くさないように願いたいものです。

(2020.3.30.)

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