バッハのインヴェンション──珠玉の宝石箱

 バッハインヴェンションという曲集は、ピアノを習い始めてしばらくすると、たいてい課題として与えられます。
 ポリフォニー音楽の導入として用いられることが多いわけですが、それまでやってきたホモフォニーの曲とは毛色が変わっているので、最初はたいてい面食らいます。
 何しろ左手が「伴奏」になっていません。右手と同じように動かさないとならないのです。これは初心者にとってはなかなかハードなことです。
 結局イヤになってピアノそのものをやめてしまう人も居ます。子供の場合、はじめて2、3年くらいが最初の「山」で、そこを乗り越えるともうしばらくは続くものですが、インヴェンションというのはその最初の山として立ちはだかる関門のようなものかもしれません。より難しい楽曲に挑もうとすると、ポリフォニックな処理がおこなわれているものも多くなるので、やはりその導入としてのインヴェンションは、避けては通れない課題であると言えます。
 私は4歳のとき、新潟県の長岡に在住の頃にピアノを習いはじめました。幼稚園の年長組に上がるときに東京に引っ越したので、長岡でレッスンに通ったのは1年半くらいなものでした。もっとも、バイエルなどの入門書はほとんど自宅で終えかけていました。その辺までなら、独学でピアノを弾いていた母が手ほどきすることもできたようです。母はピアノは独学でしたが、子供の頃からずっと合唱を続けているので、楽譜の読みかたなどは心得ていたのでした。
 それにしても、レッスンを受けはじめて1年半くらいで、ツェルニーの100番練習曲をほとんど終わらせ、ブルグミュラーの25練習曲も全部やり、ソナチネアルバムの1巻も大半済ませていたのですから、われながら驚きます。私に才能があったかどうかよりも、先生のほうにちゃんと指導する気があったのかどうか疑わしくなるような進みかたではありました。東京に出てからついた先生(結局、その先生に大学受験のときまで指導して貰ったのですが)にはすっかりあきれられ、相当にレベルを戻されて、あらためて基礎を叩き込まれました。
 インヴェンションも、長岡時代にすでに何曲か手がけていたのでした。
 5歳ばかりの子供に、インヴェンションが理解できていたかどうか、よくわかりません。なんだかあんまり面白くない、という気持ちはあったような気がします。
 東京の先生にも、インヴェンションはそのまま教わり続けました。この曲集は2声の小品が15曲、3声のものが15曲の計30曲から成っていますが、いつの間にか全部終えていました。途中で『小前奏曲と小フーガ』という本をはさんだような記憶もあります。2声のインヴェンションと同等の難易度なので、3声に入る前にそちらをやったのかもしれません。なにしろインヴェンションそのものは、3声になると格段に難しくなります。
 3声のインヴェンションを全部済ませたあと、フランス組曲とか、イギリス組曲とか、イタリア協奏曲とかに進み、とにかくバッハは常に必須課題であり続けました。
 しかし、導入として練習したインヴェンションの良さが本当に理解できたのは、ずっとあとだったように思います。
 大学入試の際、副科ピアノの試験を受けなければなりませんでした。この課題が、3声インヴェンションだったのです。3曲を選んで準備し、当日その中から1曲を指定という形でした。
 小学校以来ろくに見返しもしなかったインヴェンションの本をひっぱりだして、あらためて練習しました。
 こんなに素晴らしい曲集であったのかと再認識したのはそのときです。5歳からやりはじめた曲集の良さを、20歳近くなってはじめて理解したのでした。その程度の人生経験は積んでいないと、面白さを探り当てることは困難であったと言えます。

 インヴェンションの言葉としての意味は「発見」です。バッハがこの曲集にこのタイトルを与えた理由はわかりません。バッハ以前にインヴェンションという曲種があったとも思えません。音楽の楽しさを「発見」する曲集、という意味合いでもあったのでしょうか。
 内容としては、ポリフォニーを用いた小品集ということで、上記のとおり2声の部と3声の部に分かれています。後世の作曲家がインヴェンションというタイトルを用いる場合も、まずポリフォニックな小品という意味合いで使うようです。
 ポリフォニーを用いた楽曲というと、すぐに思いつくのはカノンフーガです。とりわけフーガはバッハにとって本質的な形態で、より大きなサイズの楽曲に、フーガもしくはフーガ的な部分がまったく含まれていないことは稀と言って良いほどでした。言うまでもなくその集大成と言うべきものが『平均律曲集』です。インヴェンションは、平均律曲集を弾く準備のために初心者に学ばせたと考えられています。
 しかし、単なる練習曲ではありません。バッハは『平均律曲集』以外にも、『音楽の捧げもの』でカノンの、『ゴールドベルク変奏曲』でクラヴィーア奏法の、それぞれカタログ的な集大成をおこなっていますが、インヴェンションもまたさまざまなポリフォニー書法のカタログとして成立しているところも感じられます。あとで記すように、実にさまざまなポリフォニーテクニックを駆使しています。その意味では、作曲家の立場からも非常に参考になる小品集と言うことができます。

 『平均律』は24の調性による前奏曲とフーガという形をとっていましたが、インヴェンションもすべて違う調性をとっています。その配列は『平均律』同様、ハ長調からはじめて、同じ主音を持つ長短調を並べつつ、だんだんキーを上げてゆくという方式になっています。この点ショパン前奏曲集や、ショスタコーヴィチ『24の前奏曲とフーガ』は、5度圏と並行調に基づいた配列になっており、並べかたが異なっています。『平均律』はハ長調、ハ短調、嬰ハ長調、嬰ハ短調、ニ長調、ニ短調……という順序ですが、ショパンやショスタコーヴィチはハ長調、イ短調、ト長調、ホ短調、ニ長調、ロ短調……という具合に並べました。「続けて弾く」ということを考えると、ショパン方式のほうが流れが自然かもしれません。バッハは別に、1番から順番に弾くということは考えていなかったのでしょう。
 『平均律』にはすべての長短調が含まれていますが、インヴェンションにはそのうち15調が抜粋されています。あまりシャープやフラットが多い調は避けられたようです。使われているのは2声と3声とで同じ調で、ハ長調、ハ短調、ニ長調、ニ短調、変ホ長調、ホ長調、ホ短調、ヘ長調、ヘ短調、ト長調、ト短調、イ長調、イ短調、変ロ長調、ロ短調という並びになっています。「嬰」つまりシャープではじまる調はひとつも含まれていません。
 練習順序は指導者に任されています。1番から順番にやってゆく先生も居ますが、難易度はけっこうバラバラで、むしろどういう組み立てで指導してゆくかによって、指導者の考えかたや資質が問われるみたいなところがあります。私見では、2声はハ長調からはじめても良いと思いますが、3声のハ長調はかなり難しく、むしろ6番のホ長調あたりから入ったほうが楽な気がします。
 以下、各曲について少しずつ触れてみます。あくまで作曲上の立場からです。

●2声インヴェンション●

第1番 ハ長調
 冒頭に現れた半小節のモティーフと、その反行型が徹底的に展開されます。ほぼ単一のモティーフだけでここまで起伏がつけられるのは、見事としか言いようがありません。
第2番 ハ短調
 ほぼ完全なカノン。上声のメロディを、2小節遅れで下声が模倣してゆきます。途中で先攻後攻が逆転し、二重対位法的なコーダがつけられて終わります。
第3番 ニ長調
 第1番と同じくモティーフ展開で作られています。モティーフは2小節構成で、それが上声と下声に交互に現れるというパターンが多く、楽しく呼び合っているような印象を受けます。
第4番 ニ短調
 第3番と同じような造りで、拍子も同じ3/8であることを考えると、この2曲は対のものとして作られたかもしれません。
第5番 変ホ長調
 4小節の主題を持つ二重フーガ。冒頭から2声が一緒に出てきますが、5小節めから上下のメロディが逆になり、しかも属調へと転調しています。いろいろな調で何度か出てきますが、必ずふたつの主題が組になっています。
第6番 ホ長調
 半拍遅れで上行・下行の音階が組み合わされた独特な主題を持つ曲。ふたつの主題があると言うよりも、主題そのものが2声のラインを持っていると考えたほうが良いかもしれません。やや舞曲風でもあり、30曲中唯一、途中で繰り返し記号がつけられています。
第7番 ホ短調
 これもモティーフ展開型ですが、最初のモティーフに組み合わされて出てくる附点リズムの別のモティーフも重要な使われかたをしています。
第8番 ヘ長調
 カノン風な入りを持っていますが、途中から自由な展開になります。中盤からは、カノン風に追いかける部分と、反復進行的な部分とが交互に現れます。前奏曲風と言えるかもしれません。
第9番 ヘ短調
 二重フーガ風ではありますが、第5番とは違って、上下が逆転するときに転調していませんので、フーガとは呼べません。また、主題が完全な形で現れるのは中盤に1回と終結部に1回だけです。二重対位法主題による曲というところでしょうか。
第10番 ト長調
 冒頭のモティーフそのものが執拗に出てきているというわけではないのですが、モティーフの持つ運動性が全曲を支配しているような趣きです。協奏曲の終楽章のようなタイプと言えるかもしれません。
第11番 ト短調
 2小節の主題がもとになって展開されていますが、その主題に組み合わされる対位が2種類あり、しかもその2種類がお互い反行型をなしているモティーフを活用しています。一見第9番と同じタイプかなと思うのですが、バッハはそんな安直な類型化をしないのでした。
第12番 イ長調
 二重フーガになっていますが、途中に主題が出てくるとき、そのままの形で使わず、少しずつ変形をおこなっています。
第13番 イ短調
 モティーフ展開型ですが、第1番などと違い、いくつかの異なった形のモティーフを活用しています。
第14番 変ロ長調
 序盤の2声の扱いかたは二重フーガ的ではありますが、主題そのものが細かいモティーフの執拗な連続によって作られており、曲の進行はそのモティーフの展開によっておこなわれています。モティーフ展開型と二重フーガのフュージョンと言えるかもしれません。
第15番 ロ短調
 フーガ風な構造ですが、冒頭の主題呈示に際して、下声が珍しく「伴奏」のような動きをしています。下声が応答するときに上声に現れる対位が、そののち多用されるモティーフとなっています。

 以上のように、「モティーフ展開型」「二重フーガ型」などいくつかのカテゴライズはできますが、両方を兼ねているものもあり、どちらにも属さないものもあり、同じカテゴリーでも扱いが違ったりして、まったく同じ形で惰性的に作られたようなものはほとんど見当たりません。強いて言えば第3番と第4番くらいでしょうか。このパレットの豊かさには、作曲をする者として驚きを禁じ得ないものがあります。

●3声インヴェンション●

第1番 ハ長調
 フーガ風な入りをするものの、冒頭、主題以外にもう1パートが登場して対位をつけるという、3声インヴェンションでは標準的な造りになっています。主題は反行型も大いに活用されており、2声の第1番との共通性も感じられます。
第2番 ハ短調
 第1声と第2声は模倣で入り、第3声が入るときに少し変形されます。この模倣主題、後半には完全な形では現れません。わりに自由に作られている曲と言えます。
第3番 ニ長調
 ほぼフーガと言って良さそうな曲ですが、第1番と同様、冒頭に対位がつけられているのが普通のフーガとは異なります。この冒頭の対位は、そのあと二度と出てきませんので、むしろ2声の第15番で見られたような「伴奏」と見なすべきかもしれません。
第4番 ニ短調
 これもほぼフーガのような造りをしています。やはり冒頭に対位がつけられていますが、第3番と違って、この対位はその後も大いに活躍します。全体の推進力になっているようなモティーフです。
第5番 変ホ長調
 これは独特な曲で、ギターかリュートの伴奏の上に、2本のリコーダーが自由に模倣しながら奏でられているといった雰囲気です。下声が完全に伴奏に専念しているというのはこの曲だけです。
第6番 ホ長調
 短い主題のフーガのような入りではありますが、実際はモティーフ展開型と言えそうです。冒頭のモティーフと、その後半を展開した形が、ほぼ全曲を通じて、どこかのパートで出てきています。
第7番 ホ短調
 冒頭の主題が何度も出てくるという点ではフーガ的ですが、この曲はむしろトリオソナタの印象があります。通奏低音の上に2本の旋律楽器というのがバロックのトリオソナタの基本ですが、この曲のベースラインはなんとなく通奏低音を思わせるのでした。
第8番 ヘ長調
 冒頭にベースが対位を作っている以外はほぼフーガです。主題と組み合わされるモティーフ(対位)が固定していないというのは、インヴェンションとしては珍しいことです。フーガの常套手段であるストレットまで使われています。
第9番 ヘ短調
 「受難曲」とあだ名がついている曲。完全な三重フーガとなっています。3つの対照的な主題が、上中下声どういう組み合わせで置かれても違和感がないように作られており、実際あらゆる組み合わせが登場します。これだけ完成度の高いポリフォニー音楽は『平均律』にもほとんど見当たらないと言って良いほどです。曲想的にも非常に敬虔で、オルガン的でさえあり、インヴェンション中の最高峰と言えるでしょう。私は受験前にこの曲を再修してインヴェンションの奥深さを体得しました。
第10番 ト長調
 自由な模倣を用いた曲で、冒頭の特徴的なリズムは中盤以降現れなくなります。しかし他の流れの中からスッと主題に寄り添ってくる感じなので、そこが主題であるということはすぐにわかるようになっています。
第11番 ト短調
 ややジーグ風で、造りとしてはモティーフ展開型。しかもそのモティーフが飛び上がるような分散和音型ということで、ポリフォニー音楽としては珍しいタイプかもしれません。
第12番 イ長調
 主題の形やその導入のしかたはフーガ風ですが、全体としては冒頭のモティーフを大いに展開しています。
第13番 イ短調
 冒頭のベースの伴奏がかなり目立つため、フーガではないようにも思われますが、その後の主題の入りかたなどはちゃんとフーガになっており、ストレットも見受けられます。中盤から導入される分散和音型の対位がその後活躍するというのも面白い形です。
第14番 変ロ長調
 これも第13番と同じく、ベースの伴奏がついた形で呈示される主題により、その後はしっかりしたフーガが形成されています。フーガにおける模倣特有の「変応」という変形方法も随所に用いられています。
第15番 ロ短調
 舞曲風なモティーフと、細かい分散和音によるモティーフの2本柱をもとにして展開しています。フーガという印象がほとんど無いのは第5番とこの曲くらいかもしれません。

 3声となると、フーガの構造を基本に置いている作品がさすがに増えますが、そうでないのもあり、またフーガ的なものであってもきわめて自由に処理していることがわかります。その一方で第9番のような、非常に厳格な三重フーガなんてのもありますから、こちらも2声の部と同じく、パレットの多彩さには溜息が出る想いです。

 ただし、バロック音楽の基本として、調性構造はどの曲もほぼ決まっています。
  主調→属調→並行調→(並行調の属調)→下属調→主調(コーダ)
 という構造で、これ以外の遠い調に転調するということは滅多にありません。これはフーガであっても、舞曲であっても、ソナタや協奏曲であっても、バロック音楽に共通しています。転調が完全に自由におこなわれるようになるには、モーツァルトベートーヴェンを待たなければなりません。バロック時代の楽器の調律が、遠い調への転調に対応していなかったのでした。
 むしろわれわれは、こういう定型の中で、これほどにバラエティに富んだ音楽を次々と産み出せたということに感動すべきでしょう。
 インヴェンションは、決して大作とは言えません。あくまで教育用の小品集に過ぎませんが、そのひとつひとつを見てみれば、まさに珠玉がいっぱいに詰まった小箱という趣きがあると私は思うのです。

(2015.10.24.)


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