山手線の新駅 

I

 山手線に新しい駅が作られるという報道がしばらく前に流れました。現在もっとも新しい駅は西日暮里で、地下鉄千代田線との接続のために昭和46年に完成したものですから、40年以上新駅は作られなかったわけです。
 今度できるのは、田町品川の間ということのようです。山手線の駅間距離は、日暮里〜西日暮里のように0.5キロしか無いところもあれば、2キロ以上隔たっているところもあって、けっこう不揃いです。田町〜品川間は2.2キロもありましたから、確かにもうひと駅くらいあっても良さそうではありました。
 場所は、現在の田町車輌センターの跡地になるようです。大縮尺の地図で見ると、田町駅から500メートルほど南下したあたりに、糸がすさまじくからまりあったかのような大量の線路が分岐しているのがわかりますが、そのあたりから品川駅にかかるあたりが田町車輌センターです。主に東海道線電車のための操車場となっています。
 現在、上野から東京までの中距離電車用の線路を復活予定です。昔はこの線路があって、東北線や高崎線などの列車が東京駅まで乗り入れてくることがちょくちょくありました。私も特急「とき」上越新幹線になる前のL特急時代よりもっと前です)で東京駅まで乗った記憶があります。昔の時刻表を眺めていると、臨時列車ですが「湘南日光」「常陸伊豆」なんて急行もありました。伊豆の伊東から日光あるいは水戸という大胆なルートの列車で、これももちろん上野と東京をスルーしていたわけです。
 東北新幹線を東京駅まで延伸するスペースを確保するため、この線路は取り外されました。現在山手線や京浜東北線の電車に乗ってこの区間の東側を眺めると、上野から秋葉原あたりまでは使われていない複線が敷かれていますが、その先でちょん切れてしまい、それに代わって新幹線がせり出してくるのがわかります。

 しかし、山手線の西側で、埼京線湘南新宿ラインの新宿スルー運転が好評を得たため、東側でも同じようなスルー運転をしたほうが良いのではないかという意見が強くなりました。
 実際、新宿で乗り換えずに南北へ移動できるというのは、かなり便利です。新宿駅は日本一乗降客数の多い駅であって、いつ行っても混雑しており、ここで乗り換えなければならないのはけっこうストレスを強いられます。始発列車で坐ってゆきたいという人には不評でしたが、おおむね喜ばれています。
 常磐線や東北線で上野に着いた人が、神奈川県方面に抜けようと思うと、どうしても上野から東京までを山手線か京浜東北線に乗らなければならず、しかもこの区間というのは山手線の中でも混雑するところですので、時間帯によってはかなりのストレスとなります。こちらも湘南新宿ラインのように直通してしまえば、そのストレスが軽減されますし、都心の一等地に広大な車輌基地を保持している必要がなくなります。もっと地価が、従って固定資産税が安く済む小山籠原の車輌基地を活用できるようになるわけです。全部肩代わりさせるわけにはゆかないでしょうが、かなり規模を縮小できるのは間違いありません。田町車輌センターだけでなく、尾久のそれも縮小できそうです。都内ですから、その跡地からいろいろ利益を得ることも容易でしょう。
 そして新駅は、縮小した田町車輌センターの跡地に作られる予定であるわけです。手順としてはかなりあとになります。

 田町と品川のだいたい中間点あたりに作るとすると、都営地下鉄泉岳寺駅の近くになりそうです。駅名はまだ仮称すら決まっていません。泉岳寺とするか、あるいは高輪とでもするか、あるいは最近のJR東日本のことだからもう少しカッコをつけてカタカナ混じりの駅名などにするか、それはまだまったく未定です。車輌センター跡地にできるであろう大規模施設などの名前をつけることになるかもしれません。
 山手線東側の他の駅と同様、プラットフォームは2面で、山手線と京浜東北線の電車が停まるようになるとのことです。京浜東北線は昼間は快速運転をしていますが、快速時間帯に停車するかどうかもまだわかりません。大規模施設がJR東日本の直営になるのであれば、たぶん停めることになるのでしょう。
 現時点での最新駅である西日暮里は、周辺の駅、例えば田端、日暮里、鶯谷などに較べ、プラットフォームが大変広いのが特色です。すでにラッシュの混雑ぶりが深刻になってから作られただけに、大量の乗降客を想定していたのだと思います。今度の新駅も、かなり広いプラットフォームが作られるのではないでしょうか。
 気になるのは、山手線の運転所要時間です。現在、山手線は1周約63〜65分くらいで運転しています。頑張って1時間にすればダイヤが簡単になるのですが、なかなかそうもゆかないようです。一時期61分というタイムにしたことがあったように記憶していますが、その後かえってスピードダウンしました。
 停車駅がひとつ増えると、全体の所要時間は約1〜2分増加するというのが相場です。このままの調子だと、電車によっては70分近くかかる便も現れるかもしれません。そうなると利用者としてはかなり遅くなる感じがしそうな気がします。
 駅間距離が短い路線なので、スピードアップの効果はあまりありません。と言って停車時間を切りつめるのも、今の混雑ぶりからすると難しそうです。こういう場合は、加減速を上げるというのが常道です。加速・減速を大きくすれば、トップスピードで走れる部分が増えるので、全体としては時間短縮になります。阪神電鉄ジェットカーというのは普通電車用の高加減速車のニックネームでした。ただし、加速・減速を大きくすると、慣性の法則により、当然ながら乗客がよろける可能性が高くなります。これは馴れればよろけなくなるのですが、当分は苦情が多くなるでしょう。JR東日本は、苦情の出るようなことはやらない傾向があるので、山手線にいま以上の高加減速車を導入する見込みは薄いと言わざるを得ません。

 とはいえ、上野〜東京の中距離電車スルー運転が始まると、山手線の混雑もある程度緩和されることは予想されます。乗車率が下がれば、少しばかり加減速を上げても、将棋倒しの事故などということにはならないのではないかとも思えます。
 私としては、山手線新駅よりも、それに先立っておこなわれるであろう中距離電車スルー運転のほうが楽しみだったりします。常磐線と東海道線がつながるのか、東北線とつながるのか、あるいは交互に直通運転をするのかはまだわかりませんが、東北線から直通するのであれば、京浜東北線が各駅停車になってしまう朝夕などに東京駅以南に行く時、赤羽で乗り換えて早く行くことができるようになります。最近は品川あたりまで行くことがちょくちょくあったので、そういうスルー運転がおこなわれていればとよく思いました。
 そもそも線路名称規則上の「東北本線」は東京駅が起点です。山手線というのは、本来は上野〜新橋間の線路がなかなか開通しなかったために、赤羽〜品川のバイパスルートとして作られた路線で、のちに池袋〜田端の枝線ができ、結果的に環状運転ができるようになっただけの話でした。鉄道の豆知識本などを読むと、

 ──山手線は実は品川から田端までの路線である。田端から東京までは東北本線、東京から品川までは東海道本線のそれぞれ緩行線なのだ。

 というようなことがよく書いてあります。
 宇都宮や高崎あたりからやってくる「東北本線(高崎線含む)」の電車が上野より先に行けないのは不都合な話で、早く線路の復活を果たして直通すべきだと思います。新幹線が地下から上がってくる神田あたりの配線をどうするのかよくわかりませんが、たぶんもう青写真はできているのでしょう。

 もう手の加えようがないだろうと思われる都会の鉄道網でも、まだまだできることはあるのだと感じ入ります。鉄道網というのも生き物で、「これが完成形」という形態は無さそうです。つねに工夫を重ねて、不断に再編成や再構築をおこなってゆく必要があるでしょう。
 スルー運転の有効性が実証されたのだから、例えば中央線総武線の直通なども考えるべきかもしれません。今でも黄色帯の各駅停車は直通していますが、私は特快クラスの電車を直通させるべきだと思っています。快速は今まで通り東京駅発着として、特快は御茶ノ水〜秋葉原〜両国〜錦糸町と走って直通したらどうでしょうか。
 JRだけでなく、間もなく地下鉄副都心線東急東横線の直通がはじまり、川越市〜元町・中華街というような電車が走るようになるはずです。線路というものは、つながっていさえすればいくらでも使い道を考えられるわけで、その点では一時期やたらともてはやされた新交通システムなどはあまり発展性が無かったように思えます。

(2012.2.28.)

II

 山手線田町品川の間の、いわゆる田町車輌センター跡に新しく造られる駅の名前について、いろいろと論議が出ています。
 少し前に発表された新駅名は「高輪ゲートウェイ」というものでした。これが発表されるや否や、批判の声が囂々と巻き起こったのです。ネット上では、駅名撤回を求める署名運動まではじまりました。
 私もこの駅名はいかがなものかと思います。しかし、批判の趣旨は大ざっぱに言ってふたとおりに分かれていることをまず認識すべきでしょう。
 ひとつは手続き上の問題、もうひとつは駅名自体の問題です。
 手続き上の問題というのは、この駅名を決めるにあたって、公募という方式が採られたことによります。
 応募された候補の中に、高輪ゲートウェイという駅名は確かに含まれていました。ただ、それは130位というごく少数の意見だったのです。1位得票は素直に高輪でした。2位は芝浦、3位は芝浜だったそうです。
 高輪は駅の所在する町名ですから、誰でも思いつき、かつもっとも妥当と言えましょう。ただちょっとだけ難があるとすれば、実は現在の品川駅も所在町名が高輪です。品川駅西口の駅ビルのウイング高輪、駅から近いグランドプリンスホテル高輪など、品川駅前には多くの「高輪」を名乗る施設があり、新駅が高輪になるとややまぎらわしいということはあるでしょう。
 鉄道ファンや地図ファンにはよく知られた話ですが、品川駅は品川区には無く港区にあるのです。ついでに言えば目黒駅も目黒区ではなく渋谷区にあります。品川区役所は大井町駅近く、目黒区役所は中目黒駅近くにあるのでした。
 品川駅がなぜ品川区に無いかということについては、いろいろややこしい歴史的事情があるのですが、とにかく東海道五十三宿の品川宿というのは現在の品川駅よりもだいぶ南に下がったところにあったわけで、品川駅を発した京急電車が、南に走った次の駅が「北品川」であることでも察せられます。北品川駅はその名のとおり、旧品川宿の北側にあったからそう名付けられたのでした。品川駅が本来の所在地名である高輪を名乗らなかったのは、鉄道の敷設について、当時の鉄道局と陸軍とのあいだに確執があったかららしいと述べるにとどめておきます。
 ともかく品川駅の近くに「高輪」を称する施設が多いことは、公募1位であっても高輪駅を採用しにくい理由にはなるでしょう。
 2位の芝浦はどうでしょうか。厳密には所在町名ではないにせよ、線路の東側はほぼ芝浦であり、これを採用しても良さそうです。ゆりかもめ芝浦ふ頭駅とはだいぶ離れていますが、同じ駅名でないのだからそんなに間違える人は居ないでしょう。芝浦工科大学など芝浦を冠する施設も周辺にはたくさんあります。
 3位の芝浜は芝浦近辺を指す古名です。わざわざ古い名前をひっぱり出さなくとも良さそうですが、古典落語の人情ものに「芝浜」という名作があり、知名度は高いと言えるでしょう。
 ただし、芝浦にしろ芝浜にしろ、厳密に言えば新駅はその町名の領域には無いというのが弱みにはなるかもしれません。隣に「品川区に無い品川駅」を設置しておきながら今さら何を、という気はしますが。 

 「高輪」「芝浦」「芝浜」……この3位までの駅名候補を見て感じられるのは、駅名というものに対する一般の人々のまっとうなセンスです。いずれも漢字2文字で、東京・有楽町・新橋・浜松町・田町……と続いたあとに置いてもまったく違和感がありません。最近カタカナ交じりの駅名がやたらと増えてきましたが、普通の人々の感覚としては、駅名にそんなにインパクトみたいなものを求めては居ないことがわかります。
 JR当局としては、むしろこれらの「違和感の無い」応募作が物足りなかったのでしょう。もっとエッジの効いた、これこそ新駅というような駅名が欲しかったのだと思います。ただしその「これこそ新駅」と考えたのが「高輪ゲートウェイ」という、何のヒネリもないカタカナ交じりというところに、なんとも昭和的なセンスを感じずには居られません。
 ともかく、わずかな人数しか提案しなかった130位の駅名が採用されたわけで、
 「なんのための公募だったんだ」
 という憤りの声が上がるのも、無理はありません。
 公募の要項には、確かに「応募数による決定ではなく、ご応募いただいたすべての駅名を参考にして決定する」という注意書きはあったようです。が、それにしても、もう少し上のほうにもっとましな駅名があったのではないかというのが一般的な受け止めかたでしょう。
 公募資料には、

 ──田町〜品川駅間では「グローバル ゲートウェイ 品川」のコンセプトワードのもと、国際的に魅力のある交流拠点の創出と「エキマチ一体のまちづくり」の検討を進めています。

 という文言もあったそうです。
 「『ゲートウェイ』を入れることは最初から決まってたんじゃないのか。それならそれと断るべきだろう」
 という声も上がっていました。まあ実際にはそういうわけではなく、資料にあった「ゲートウェイ」という言葉を拾って応募された候補を見て、「これだ!」と飛びついたというところではないかと思います。
 この騒ぎは、十数年前に私の住んでいるあたりで起こったものとよく似ています。そのときは、私が在住している川口市と、鳩ヶ谷市・蕨市という3市が合併するという話が持ち上がり、その新しい市名について住民アンケートをとったのでした。結果としては、合併するうち最大の人口と面積を持つ「川口市」をそのまま用いるという意見が過半数を占めました。しかし合併協議会が選んだ市名は「武南市」というものでした。
 武南市という意見も挙がってはいたのですが、わずかにアンケート総数の2%を占めるに過ぎません。このときも「なんのためのアンケートだ」と憤る声が頻々と上がりました。
 そしてこのときも、多数を占めた市名を採用するというわけではない、という断り書きは、確かにあったのです。しかし、過半数の回答者が選んだ答えを無視するというのも、やはり問題がありそうです。
 たぶんそのときの協議会の考えとしては、

 ──「川口市」とすると、もとの鳩ヶ谷市や蕨市の住民が、「川口に吸収された」と感じてしまい、不満を持つだろう。それなら3市のどれとも関係のない名前をつけるべきだ。

 ということだったのではないかと想像しています。こういうのは市町村合併のときによく問題になる件で、住民同士の反目を懸念するあまりになるべくニュートラルな新市名をつけようとし、その結果「みどり市」のような意味不明の市名、「奥州市」のような身の丈に合わない広域名を名乗る市名がやたらと増えました。
 「武南」は武蔵国の南側という意味で、確かに川口市には武南病院があり、鳩ヶ谷市には武南警察署があり、蕨市には武南高校がありましたから、この一帯の地名としてふさわしくなかったというわけではありません。しかし住民の意向を無視された川口市は──それ以外の理由もあったと思われますが──結局合併を拒否しました。
 この話、今回の高輪ゲートウェイ駅騒動に酷似しているように思えます。要するに市名にしろ駅名にしろ、公募という方法をとるからには、1位になった候補をそう無碍にするべきではないということ、何か方針があるのであれば、無条件の公募などせずにちゃんと腹案を説明しておくことなどが必須であるようです。
 以上が手続き上の問題です。まずここを批判する声もたくさん上がっていることを、関係者は知っておいて貰いたいと思います。

 次に駅名自体の問題ですが、これは私にもいろいろ言いたいことがあります。
 上にも書きましたが、カタカナを混ぜればイマ風のインパクトのあるものになる、という考えかた自体が、救いようもなく時代遅れです。
 駅ですから、自分が将来そこの近くに住んだり勤めたりということが無いとは限りません。そういう想像をしたときに、
 「お住まいはどちらですか」
 「高輪ゲートウェイです」
 と答える気羞しさを思えば、こんな駅名にして貰いたくないという気分も理解できるというものでしょう。越谷レイクタウンがいまひとつ人気が出ないのも、駅名のせいかもしれないのです。
 そもそも一般の人々が、駅名にインパクトだとかエッジの効きだとかをまったく期待していないのは、上位になった候補を見ても明らかです。利用者にとって駅名に求めるのは、場所が容易に想像でき、長く使っても古びないというのがいちばんであって、インパクトがあればあるほど古びるのも早いということを、人々は無意識のうちに洞察していたのだと思います。
 カタカナを混ぜた駅名というのは、バス停や路面電車の停留所の印象があり、どちらかというと安っぽく感じられます。私鉄ならまだしも、JRはなるべくやめてくれというのが一般的な意識でしょう。もちろんいまではJRも民間企業であるわけですが、それにしても国鉄のあとを嗣いでいるという自覚を持ってくれ、と言いたいわけです。
 もっとも私自身は、こんなことになるのではないかという危惧は持っていました。かれこれ7年近く前に、上の「I」の文章を書きましたが、その中で、

 ──(駅名を)泉岳寺とするか、あるいは高輪とでもするか、あるいは最近のJR東日本のことだからもう少しカッコをつけてカタカナ混じりの駅名などにするか、それはまだまったく未定です。車輌センター跡地にできるであろう大規模施設などの名前をつけることになるかもしれません。

 というくだりがあります。JR東日本の思考方法を心得ていれば、予想できた結果ではありました。
 何しろJR東日本は、主に東北地方ですが、こっぱずかしいような駅名改称をさんざんやってきた前科があります。地元の観光局などの要望だったのかもしれませんが、JR東日本がそれに便乗したのは事実です。
 黒沢尻北上尻内八戸毛馬内十和田南、などはるか昔から改称はおこなわれていましたが、北上線「ゆだ高原」「ほっとゆだ」「ゆだ錦秋湖」の「ゆだ」三連発、山形新幹線奥羽本線)の「さくらんぼ東根」などは最低の例です。さくらんぼ東根のごときは、窓口で切符を買うのもこっぱずかしくなりそうです。さいはてのローカル線・五能線に突如現れる「ウェスパ椿山」という駅名も違和感ありまくりです。
 とにかく観光地指向、コマーシャル指向なのです。温泉などならまだしも、施設名ということになると、その施設が廃止された場合には宙に浮いてしまいます。実際、千葉県の行川(なめがわ)アイランドなどは、駅名のもとになった遊園地はとっくに閉鎖されてしまい、他には駅周辺にろくな呼び物が無く、駅名を再改称するほどの経費ももったいないほどで、幻の施設名をいつまでも名乗っています。
 さて、ゲートウェイというのは、施設名ですらないようです。高輪ゲートウェイという大規模なショッピングモールとかそんなものができるわけではありません。このあたりを「グローバル ゲートウェイ」にしようというコンセプトでしかないのです。遠からず、意味がわからなくなる公算が大きそうです。
 だいたいグローバルゲートウェイというのはいったいなんなのでしょうか。そもそもglobal gatewayという文字を見て、外国人には意味がわかるのでしょうか。翻訳エンジンにかけてみたら、そのまんま「グローバルゲートウェイ」としか訳語が出てきません。
 gatewayというのは辞書を引くと「門、関門、入り口」とあります。大邸宅などの、門(gate)から玄関(entrance)まで、クルマが通ってゆけるような道のことをゲートウェイと呼ぶのだろうと思います。それで考えれば、東京湾とか羽田空港とかを「世界に向かって開かれた門」と見なし、その門に向かう道という意味を持たせているのだろう……と、日本人なら想像がつきますが、はたして外国人に通じるかどうかは疑問です。
 「Takanawa Gateway」という駅名を見て、普通の外国人がイメージするのは、単に「高輪入口」というだけのことでしょう。例えば高速道路の入口のようなものです。「世界に向かって開かれた門」などというのは、日本人にしか通じない用法で、しかも上のとおりかなりの想像力を働かせなければなりません。そんな名称が、駅名として適当なのでしょうか。

 それに「グローバル ゲートウェイ」などというコンセプトが、本当にイマ風であるのかどうかも検討する必要があります。グローバリズムというのは、確かに少し前まで、絶対的な正義であり、逆行しようもない世界の潮流であるかのように思われていました。しかし、相次ぐ宗教テロ、民族テロの頻発によって、いまやグローバリズムを疑う声のほうが大きくなりつつあります。
 グローバリズムというのは、西洋キリスト教世界が、自分たちの価値観や論理が、すでに世界の隅々まで行き渡って普遍的なものになっていると、傲慢にも錯覚したことによって推し進められた社会潮流であったと考えざるを得ません。この錯覚により、安心して、というよりたかをくくって、国境を開放したところ、西洋キリスト教世界とは違った価値観と論理を持った人々がたくさん入ってきて、もとからの住民とトラブルを起こし、不満を持ってテロを起こしまくりました。
 国境を無くすのはまだまだ時期尚早であったことを西洋人も悟り、いまやどの国でもナショナリズムが息を吹き返しつつあります。
 そのことに気づかず、いまだに日本人はグローバリズムを素晴らしいことと受け止め、「グローバルな何々」とつけば何事によらず、進歩的で開放的な、未来を先取りしたようなものであるかのような印象を受け続けています。そんなことは無いだろう、と言うかもしれませんが、ナショナリズムというとどこか右翼的で後ろ向きなイメージを抱く人が多いでしょう。その分だけ、まだグローバリズムに対する幻想が根強く残っていると考えられます。
 「グローバル ゲートウェイ 品川」というコンセプトも、その残滓みたいなものと思わざるを得ません。つまり、未来志向のつもりでJR東日本が打ち出したコンセプト自体が、すでに時代遅れなのです。

 駅名というのはそう簡単に変えられるものではありません。行川アイランドもそうですが、すでに実体が無いのに駅名がそのままになっている駅は、JR・私鉄を問わずたくさんあります。東急学芸大学駅や都立大学駅、小田急向ヶ丘遊園駅、西武大泉学園駅などなど。地元住民が駅名を変えて欲しくないと要望する場合もありますが、改称にはかなりの経費がかかるためにそのままになっているというケースも多いのです。プラットフォームや駅舎の駅名看板を掛け替え、あちこちに無数に掲示されている路線図などを作り直し貼り直し、登記も変更し、駅前のいろんな表示なども付け替えなければならず、ひと駅につき1億円や2億円は優にかかると言われます。
 だからこそ、駅名というのは、いっときの流行などに流されず、穏当にして着実なものをつけるべきなのです。公募の結果を見ると、多くの人々はそのことをよくわかっていると思われます。JR当局だけがわかっていないのです。
 東北地方の駅名改称は、地元の要望を反映したのかもしれません。しかし、山手線の駅名に、人々はキャンペーン的な添え物を求めてはいませんでした。JRには、公募結果を見て、エッジの無さを物足りなく思うより前に、まずそこを配慮して貰いたかったと思います。
 私自身の意見を言えば、1位の高輪で充分だと思います。鉄道局と陸軍との確執を現在にまで持ち越す必要はありませんし、高輪を称する施設が品川駅近くに多いというのも、しばらく経てば解決されるでしょう。新橋・浜松町・田町・高輪・品川……流れとしてきわめて自然です。
 撤回署名が多数寄せられても、もちろんJRとしてはそれに応じる義務はまったくありませんけれども、この不評ぶりをいちおうはまじめに受け止めて貰いたいものです。そして、新駅の名称にむやみと英語もどきのカタカナ語をつけたがる癖も、そろそろあらためて貰えればと思います。

 ところで同じ頃、東京メトロ日比谷線にも新駅が造られることが発表されました。霞ヶ関神谷町のあいだに設置されるようですが、この2駅のあいだはもともと1.3キロしか無く、新駅ができると駅間距離が非常に短いことになります。隣の神谷町〜六本木間は1.5キロあるので、こちらにもひと駅くらい造ってしかるべきかもしれません。
 新駅の名前は虎ノ門ヒルズ。こちらは特に公募などもせず、メトロ側で決定したようです。
 こちらにもカタカナが入っていてあまり感心しませんが、まあ地下鉄である分、JRよりは許容されやすいでしょう。
 ただ、もとからある銀座線虎ノ門駅とは地下道をつなげるそうで、もしかすると乗換駅扱いになるかもしれません。それなら、素直に虎ノ門という駅名にしておけば良いようにも思われます。虎ノ門ヒルズは確かに大きな商業施設でランドマークにもなっていますが、メトロの直営というわけでもないし、追随する必要も無さそうな気がします。
 日比谷線は六本木も通っています。いっそのことこちらも六本木ヒルズ駅と改称し、路線名もメトロヒルズラインとでも改称したら良いかもしれませんね。

(2018.12.13.)


トップページに戻る
「時空のコーナー」に戻る
「途中下車II」目次に戻る