青春18墓参行ふたたび

 2013年9月JR東海からリニア中央新幹線の概要が発表されました。
 開業はまだまだ先の話で、2020年オリンピックに間に合わせることも無理のようです。東海道新幹線は突貫工事で1964年のオリンピックに間に合わせたのでしたが、さすがに今回はそういうわけにはゆかなかったのでした。
 今までの鉄道とまったく異なる観念の乗り物ですから、拙速は避けなければなりません。東海道新幹線は、計画そのものは戦前からありましたし、時速200キロ以上で高速走行するという技術も、基本的には戦前にすでに確立されていました。実は相当に長いスパンで準備されたものだったのです。オリンピックに間に合わせるというのは、言ってみればひとつの努力目標というか、きっかけになったようなものでした。
 リニアモーターカーも、ずいぶん以前から計画だけはされてきました。もう30年くらい前から喧伝されていたように記憶します。しかし、高速走行のノウハウを大平原の拡がる満洲でテストできた東海道新幹線と違い、山がちの内地では実験線を建設するだけでも大変でした。数キロ程度の長さでは、その速度に較べて短すぎ、到底役に立ちません。

 ともあれ長大な実験線を作って実験は繰り返されましたが、具体化の話はなかなか進みませんでした。そうこうするうち、大阪長堀鶴見緑地線東京大江戸線など地下鉄でリニア式が導入されたり、愛知万博のために作られたリニモ浮上式リニアが運行したりと、比較的低速な鉄道でリニアモーターカーが次々実用化されましたが、本命である高速浮上式はいつ実現するのか、関心のある向きでもなかば諦めつつあった時期が続きました。
 それでも、技術陣はゆっくりと、しかし着々と歩を進めていたのでしょう。数年前から、リニア新幹線が通るルートについての話題が新聞などをにぎわすようになりました。

 東京名古屋あるいは大阪をできる限り短絡するというのがリニア新幹線の使命ですから、なるべく直線に近いルートをとるのが合理的です。東海道新幹線の時には、東海道の主要都市を結ぶという使命もあり、また山があれば迂回するという必要もありましたが、あれから半世紀、トンネル掘鑿技術は大幅に向上し、なおかつ経費が相対的に抑えられるようになりました。相対的というのは、トンネルを掘らなかった場合に迂回するための土地を取得する経費に較べて、ということです。すでに山陽新幹線の建設時からそういう傾向はあって、そのため山陽新幹線はその半分以上がトンネルとなっています。今や、行く手に山があれば長大トンネルで貫通してゆくのが鉄道建設の常識で、山の無い都市部であってすら、大深度地下などのトンネルを掘るのが安上がりとなっています。それほどに土地の値段が上がったということでもありますが、トンネルの技術が驚くべき進歩を遂げたのは事実です。
 従って、リニア中央新幹線は可能な限り直線に近いルートで考えられました。神奈川県の北端をかすめ、山梨県の南部を抜け、静岡県の北に飛び出したあたりを横断し、長野県伊那地方を経て、岐阜県の南側を通って名古屋に到達します。第二期となる名阪間も、京都をスルーして奈良を通るという徹底ぶりです。東京・名古屋・大阪の他、大都市と言えそうなのは相模原四日市くらいでしょうか。
 しかし、長野県知事から待ったがかかりました。長野県を通るのであれば、松本、せめて諏訪に立ち寄って貰いたいというのです。長野市にはすでに新幹線が通じているので、何かと張り合っている松本の顔を立てたかったのでしょう。長野県というのはひとつの県になっているし、昔から信濃国という一国になっていたにもかかわらず、大変まとまりが悪いことで知られ、小諸・上田を中心とした佐久地方、長野市を中心とした北信地方、松本を中心とした筑摩地方、それに伊那地方と、放っておくと4つくらいに分かれてしまうようです。近世以前にも、信濃国を統一的に支配したという者は誰ひとり存在しません。かろうじて武田信玄が大半を統一しましたが、それでも北信地方だけは上杉謙信の影響下にありました。
 それで松本か諏訪を通せとかなり強硬に要求したわけです。
 しかし、国鉄時代とは話が違い、ことはJR東海という一企業が推進する事業です。もし迂回させるなら、そのために余分にかかる経費を地元で負担してくれと言われると、長野県としてもそれ以上の我田引鉄はできませんでした。
 最近では京都からも苦情が出ています。千年の都・京都を無視するとは何事かというわけです。が、これも仕方のないことでしょう。京都へ向かうなら今までの新幹線を使えば良いのであって、なんでもかんでも最新のものをひっぱれば良いというものでもありますまい。とにかくリニアの使命は、東京・名古屋・大阪の三大都市圏を最短時間で結ぶというところに特化しているのであって、本当は途中駅なども作りたくないところでしょう。

 結局、ルートは当初のJR東海案そのままに、なるべく直線で通すということに決まりました。そして途中駅設置箇所などがこのたび決まったわけです。JR東海は本音では途中駅は作りたくなかったのでしょうが、やはり通過する県に対する見返りのようなものも考えなければなりません。1県に1駅ずつ設置するということになりました。
 この中で、静岡県には駅が作られません。静岡県は経由するとはいえ、北部の山岳地帯のまっただ中であり、駅ができても利用者など居そうになく、静岡県側も最初から駅は要らない旨発言していたようです。
 東京の起点となるのは品川だそうです。私は、成田・羽田の両空港を結ぶ「都心直結線」について書いた際、この途中に設置されるであろう「新東京」駅を、リニアとの接続を重視して考えたらどうだろう、と考えたのでしたが、リニアのほうが品川に来るのであれば、それはそれで構いません。都心直結線とも連動できます。とにかく、両空港からリニアの起点まで乗り換え無しでアクセスできればそれで良いと思います。
 神奈川県に設置される駅は橋本です。橋本という駅名になるか、「リニア相模原」とかいうことになるか、それはわかりませんが、JRの横浜線相模線京王相模原線が集まる交通の要衝です。立川八王子町田など、東京の中でも比較的西に寄ったあたりの街からはこちらのほうが便利でしょう。
 山梨県は甲府市大津町附近だそうで、附近に鉄道駅はありません。中央自動車道の近くであるようです。鉄ちゃん思考だと、もう少し西に寄せて、身延線小井川駅と接続させれば良いのにと思うのですが、そんなことはしません。当該場所は、甲府駅から国道358号平和通り)をまっすぐ南下したあたりになるらしく、駅(「新甲府」もしくは「リニア甲府」とでもなるでしょうか)ができたら甲府駅からBRT(バス高速輸送システム)を通す見込みが高いとのことです。
 長野県は飯田市上郷飯沼に予定されています。JR飯田線伊那上郷(いなかみさと)駅と近いようですが、接続駅となるのかどうかはわかりません。駅名は「新飯田」とか「リニア飯田」とかになるのではないでしょうか。伊那地方は東京・名古屋のいずれに出るにもかなり大変で、有効な交通手段は高速バスしかない状態なので、リニアには大いに期待しているようです。
 岐阜県は中津川市千旦林で、ここはおそらくJR中央本線の美乃坂本駅と接続するであろうと言われていますが、リニアの方針として、在来線よりも高速道路などとのアクセスを重視するかもしれないということを考えると、同じ大字の中でももう少し東寄りの、中央道中津川インターの近くに設置するかもしれません。そうなったら、中央本線にも接続のための新駅ができることになりそうです。「新中津川」あるいは「リニア中津川」などとなるのでしょうか。
 駅はすべて2面4線となる予定だそうです。通過待ちの待避線が設けられているわけです。ただ、駅舎などは極力簡素化する方針のようで、駅員も券売機も置かないことになるという噂です。全車、事前予約制の指定席なので、発券はすべてネット予約などにするとか。最近、高速バスなどは私もネット予約することが多く、従来の「切符」のイメージとかけ離れたA4判のプリント用紙を持って乗りに行きます。航空券なども同様のことが多くなりました。そう考えると、駅で切符を買わなければならないという固定観念はもう古いと言えそうです。JR東海としては、高速道路の路線バス停留所みたいなものを想定しているのかもしれません。

 路線延長286キロのうち、246キロまでがトンネル内だというのだから恐れ入ります。景色が見られるのは、全体の7分の1以下に過ぎないことになります。もはや、「列車に乗って車窓を楽しむ」などという次元ではありません。飛行機に乗っているのとあんまり変わらないことになりそうです。東京〜名古屋間はノンストップで40分だそうですから、弁当を拡げるほどの余裕もないでしょう。私の最寄り駅である川口から、リニアの起点となる品川までが、およそ40分です。それと同じ時間で名古屋まで着いてしまうわけです。
 これはもう「旅」などではなく、ただの「移動」でしょう。運賃からしても、ビジネスユースがほとんどということになるのではないでしょうか。私は話の種に1、2度くらいは乗るかもしれませんが、たぶんほとんど利用しないことになりそうです。何せ私はいまだに「のぞみ」にすら乗ったことがありません。新幹線でさえ速すぎてあっけなさすぎて、よほどの理由がないと乗る気にならない私が、リニアの愛用者になるとは思えないのです。願わくば、新幹線を通した地域の在来線がことごとく不便になっているのと同じような状況が、リニアが通ったことによって発生せざることを。

 報道では、当初の運行予定としては、ノンストップ便が毎時4本と、各駅停車便が毎時1本ということになるようです。何度も書いているように、リニアの最大使命は大都市圏をできる限り短時間で結ぶことにあるので、途中駅は1時間1便しか利用できないというのも仕方がないでしょう。鉄ちゃん仲間うちでは、橋本だけには、東海道新幹線の新横浜がそうなったように、ほとんどの列車が停車するのではないかという意見が多いようですが、私は疑わしく思います。
 1駅に停車することで8分ずつ遅くなるそうですので、各駅停車便は東京〜名古屋が途中4駅停車で72分くらいということになります。現在「のぞみ」の品川〜名古屋は95分程度なので、これでもだいぶ速くなるのがわかります。
 ただ心配なのが、1駅8分も余計にかかっていては、追いかけてくるノンストップ便から逃げるのが容易でなく、停まるたびにすべての駅で通過待ちをしなければならないのではないかという点です。そんなことになったら所要時間は72分では済まなくなりそうです。現行「のぞみ」より遅くなってはあまり意味がありません。
 私がざっと目算を立ててみたところ、ノンストップ便が均等に15分おきに走っていたりすると効率が悪いようで、例えば00分、20分、30分、50分というように、10分おきと20分おきを組み合わせたサイクルにすればわりとうまくゆきそうな気がします。各駅停車便は20分おきになる前の列車の2、3分あとを続行するというダイヤが良いでしょう。
 例えば品川発00分のノンストップ便(仮にAとします)のあと、03分発の各停便があったとして、橋本に停まるために8分を要すると、橋本〜新甲府(仮)間では11分後を走ることになります。新甲府(仮)でさらに8分余計にかかると、Aの19分後となりますが、そうすると品川20分発の後続ノンストップ便Bがちょうど追い抜けるタイミングになります。新甲府(仮)をBの1分後に発車すると、次の新飯田(仮)で、品川30分発のノンストップ便Cに追い抜かれます。またCの1分後を走り、新中津川(仮)では抜かれず、Cの9分後に名古屋に到着します。品川50分発の便Dの到着よりも11分早くなります。こうすると、全線所要時間は79分で、「のぞみ」より遅くならずに済みます。
 このとおりになるかどうかは定かではありませんが、とにかく3回以上通過待ちをするダイヤにはしないのではないでしょうか。

 時速500キロでの地上走行という前代未聞の状況で、何が起こるかをすべて予測するのは難しいことでしょう。
 新幹線は幸い、大事故を起こすことなく半世紀を過ごしてきましたが、それでも初期故障はたくさん起こっていたようです。新しいシステムには、初期故障は避けられません。初期故障が大事故につながらないように、東海道新幹線は最初の1年間、予定していたよりも低速で慣らし運転をしました。開業当初のダイヤでは、「ひかり」が東京〜新大阪間で4時間かかっています。3時間10分というのが触れ込みだったのにがっかりした人も居たようですが、事故が起こるよりはましでしょう。この慣らし運転期間を設けずに重大な悲劇が起こってしまったのが中国の高速鉄道京滬(けいこ)です。
 前にも書きましたが、時速100キロでは起こらないことが時速200キロでは起こるのです。大事故こそありませんでしたが、汚物を浴びた乗客は居ました。トイレのタンクが、列車のトンネル突入に際する気圧の変化で圧搾されてしまい、中のものが便器から逆流してはね上がってきたのでした。こんなことは誰ひとり予想もしていなかったことでしょう。
 現在の新幹線は時速300キロで走っており、300キロあたりまでの世界はわれわれにとって既知となりました。しかし500キロではまた何が起こるかわかりません。どれほど念を入れてテストを繰り返してみても、営業運転というのはまた別のもので、乗客の思いもよらぬ行動が思いもよらぬ結果を惹き起こすことは充分に考えられます。
 東海道新幹線の吉例に倣い、最初の1年間は時速350〜400キロ程度で運転してみることにしてはどうでしょうか。とにかく安全だけはすべてに優先させて貰いたいと思うばかりです。

(2013.9.23.)

【後記】その後、静岡県知事が急にごねはじめました。トンネルを掘ることで大井川天龍川の水系が破壊されるなどと言うのですが、今さらの観もあります。はたして予定どおりに開通するのでしょうか。(2021.2.3.)

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