I コロナ禍で、お盆の里帰りも断念した人が多い中、いささか気がとがめないでもありませんが、わが家恒例の墓参り旅行に行ってきました。 高尾にある私の父方の祖父母のお墓と、前橋にあるマダムの父方の祖父母のお墓を一緒に参ってくるというものです。最初は夏休み中に山梨県の温泉施設に泊まりに行って、そのときに使った青春18きっぷの余り分を消費する目的もあってはじめたことでしたが、その後恒例化し、前橋で1泊するのがお決まりになっています。去年は夏休み中には実施できず、晩秋になって他の用事とひっかけて前橋のほうだけ行きました。高尾のほうに行けなかったのが少々心残りになっていました。 まあ、田舎の親族を訪ねるというわけではなく、広大な墓地に参るだけですので、感染拡大に寄与するということもないでしょう。 ただ、コロナ禍のせいで5月の連休を含めしばらく遠出できず、いくぶん当方の気分も鬱していたため、今回は少し足を伸ばして、2泊の旅をしてくることにしました。 いつものパターンだと、1日目に高尾と前橋の両方のお墓に参り、2日目にまっすぐ帰らず少し遠回りするというようなのが多かったのですが、1日目がけっこうあわただしいのが欠点でした。高尾と言い前橋と言っても、駅から近いわけではなく、そこからの移動にそれなりに時間を食いますので、両方を一日に廻ろうとすると、朝7時半くらいに出かけなければなりません。それで、今年はもう少しのんびりしたいと考えました。 1日目は少し遅めに出て高尾だけ参り、その日は前橋に移動してゆっくり定宿に宿泊し、2日目の午前中に墓参りをしてそのまま足を伸ばしてもう1泊、という計画を立てたのでした。 マダムが那須へ行きたい、と言い出したので、そのあたりで泊まるつもりで宿を探しました。義母が何度か那須へ行って泊まっているそうで、マダムが挙げたのはおおむね義母が泊まったホテルだったのですが、そのあたりはハイシーズンにはなかなか高額になっていて二の足を踏みます。今年は客足が鈍いだろうから少しは安くなっていないかとも思ったのですが、あんまり変わりはないようでした。 那須温泉郷のほうではなく、隣接した板室温泉郷の側でしたが、良さそうな宿を見つけました。英国式にこだわった部屋だそうで、写真を見るとたいへん居心地が良さそうです。小さいながらいちおう温泉になっている浴室もあり、夕食は英国式でなく(良かった……)フレンチのフルコースなのだそうです。宿泊料もまあまあ手頃で、マダムに聞いてみると即座に賛意を表明したので、すぐに予約を取りました。 この宿、那須ハイランドパークの近くであったようです。ついでに那須ハイランドパークで遊んでこようかとマダムに諮ると、これも喜びましたので、3日目の行動も決まりました。 ただこのプランだと、青春18きっぷの元が取れるかどうかが微妙です。1日目、高尾に立ち寄って前橋に行くだけだと、元が取れるラインである2410円に達しないのはわかっているため、今回は1日目には使用しないことにしましたが、2日目は前橋から黒磯までの移動、3日目は黒磯から帰還するためにしか使いません。調べてみると、どちらもかろうじて2410円は上回るようでしたが、あんまり得をした気がしないのでした。まあ、普通に切符を買うよりはいくぶんかましという程度なので、青春18きっぷのオールドユーザーとしては少々もやもやします。 さて、ともあれ2020年8月10日(月)の朝、9時過ぎに家を出ました。いつもよりは1時間半くらい遅い出発で、気分的にもだいぶ楽でした。 この日は青春18きっぷを使わないので、高尾までは京王線で行くことにしました。JR1本で行くよりも、新宿から京王線に乗り換えたほうがずっと安くつくのですから困ったものです。京王が頑張ってくれているとも言えますが、高尾までの所要時間は、現在の主力である準特急だと、中央線の特快よりちょっと余計にかかるようです。準特急が高尾線内に入ると各停になってしまうのが原因でしょう。 しかし、私たちが乗ったのは、いまやかなりレアとなった急行電車でした。最近の京王線は、区間急行と準特急が大増殖して、急行はきわめて影が薄くなりました。日中にはほとんど走っておらず、朝夕だけみたいになっています。休日10時00分発の高尾山口行きが残っているのは驚きで、調べていてこれを発見したときは、ぜひ乗りたいと思ってしまったほどでした。鉄ちゃんというのはこんなところで感激してしまう生き物なのでした。 急行は基本的には準特急の下位種別で、本線内では桜上水・つつじヶ丘・東府中に余計に停まりますが、高尾線内では地位が逆転し、各停になってしまう準特急に対して、特急と同じくめじろ台と高尾だけ停車するようになっています。最近は高尾線に入る特急もほとんど無くなったため、この急行は高尾線内を通過運転するきわめてレアな電車と言えます。 電車はずっとすいていました。緊急事態宣言が解除されてから、朝のラッシュアワーはかなり戻ってきてしまっているようですが、日中の電車は以前に較べてずいぶんすいているような気がします。お年寄りが外出しなくなったせいかもしれません。高尾に近づくと若干ハイキング客らしき姿もちらほら見かけるようになりましたが、混んでいる印象は最後まで受けませんでした。 高尾という駅は、いつ立ち寄ってもちぐはぐな感じで、京王線側はいかにも新興住宅地といった雰囲気なのですが、JR側は「峠の茶屋」を思わせるようなひなびた感じになっています。そのひなびた感じのほうに出てバスに乗るのですが、いつものバスターミナルが無くなっていたので一瞬ぎょっとしました。なんでも駅前の再開発をするようで、バスターミナルは少し離れた位置に移動していたのでした。この分だと、もしかしたら「峠の茶屋」然としたJRの高尾駅も今後変貌してゆくのかもしれません。それはそれで寂しい気もします。 仮置きのバスターミナルまで少し距離があったので、予定していたバスに乗れないかもしれないと少々焦りましたが、なんとか乗ることができました。まあ、墓地の最寄りバス停である霊園正門を通る便は数多く、何分か待てばすぐ次のが来るのですが。 10分ほどで霊園正門に着きます。そこから歩きですが、山の斜面を削って造成した墓地なので、坂道が多いのが難点です。特に帰りは登り道が続いて、マダムはかなりしんどそうで、 「あと何年来られるか……」 などと年寄りじみた愚痴をこぼしていました。 まあ、くじ運の悪いわが一族が、珍しく高倍率を突破して引き当てた公営墓地ですので、文句を言う筋合いはありません。公営だけに管理もしっかりしていて、広大な芝生はいつもきちんと刈られており、草むしりなどがまったく必要ないのはありがたい限りです。 お昼近くなって、かなり暑かったので、墓参りはさっさと済ませました。水をかけ、花を供え、コーヒー好きだった祖父を偲んで缶コーヒーなどを供え、線香に着火して挿し、手を合わせて、 「それじゃまた、来年」 と声をかけて退散です。バス停まで戻るだけで相当に汗をかきました。 高尾駅に戻り、また京王線に乗ります。予定していた時刻よりはだいぶ早かったので、電車も何本か前のに乗れました。各停でしたので、北野で京王八王子から来る特急に乗り換えました。 新宿に戻って、軽い昼食を摂り、バスタ新宿に向かいます。前橋までは高速バスで行くことにしたのでした。JRより若干安くつきます。去年の晩秋の前橋の墓参りからの帰りに使ってみて、なかなか良いと思ったのです。青春18きっぷがからまない場合は、こちらをメインルートにしても良いと考えたほどでした。 ただ、この路線は予約はできるものの事前発券はできません。実は先週、発券して貰おうと思ってバスタまで出かけたのですが、乗ったときに直接運賃を払ってくださいと言われ、無駄足となってしまいました。当然、座席も指定されません。 乗ってみると、すべての座席に×マークが貼られ、ここには着席しないでくださいと書かれていたので面食らいました。通路側の座席がNGで、窓側の座席だけ使うようにという意味だと理解するまで、若干の時間を要しました。ソーシャルディスタンスの確保のためとはわかりますが、定員が事実上半数になっているわけで、バス会社は利益が上がっているのだろうかと心配になりました。 その半数の定員もいっぱいになってはおらず、乗客は10人足らずでした。乗る側としてはゆったりと坐れて気分が良かったものの、あまり利用度が少ないと減便されたり廃止されたりしそうです。 池袋でひとり、川越的場でひとり乗客を拾って、関越道を北上します。降車ポイントはいくつかありますが、事前の申し出の無いところは立ち寄らないようでした。高崎駅、Nパーキング日高、新前橋駅だけ停車しました。Nパーキングというのは街中にある駐車場で、Nは運営会社である日本中央バスの頭文字でしょうか。そこで下りて駐車場に入って行った人が居たので、自分のクルマを駐車場に駐めてバスに乗るという、いわゆるパークアンドライドをしていたようです。そういう利用をすると、駐車場代かバス代かが割引されるというようなサービスがあるのかもしれません。 新前橋駅で最後の相客が下り、前橋駅まで乗ったのは私たちふたりだけでした。17時半頃の到着でしたが、前橋駅というのは、県都の中心駅であるくせに、いつ立ち寄っても賑わいというものの感じられないところです。こんなにいつも閑散とした都道府県庁所在地駅というのは、他にはあんまり無いのではないかと思います。 去年このバスに乗る前に立ち寄った、駅前のエスニック食糧品店にまた寄りました。マダムが気に入って、再訪したいと言っていたのです。もしかして無くなっていたらどうしようかと心配していましたが、幸い健在でした。ただ、去年は店でマサラティーなどをイートインできていたのですが、今年は感染を案じてかやっていませんでした。 定宿のコンフォートホテル前橋に投宿します。いつもこの宿に泊まって、数軒先の天然温泉ゆ〜ゆで入浴するのを定番にしていますが、数年前に道を挟んでドーミーイン前橋が建ち、こちらはホテル内に天然温泉(ボーリング温泉ですが)があることを売りにしています。わざわざゆ〜ゆに足を運ばなくても良いわけなので、そちらに泊まっても良いかもしれない、と思いはじめています。ずっと世話になっているコンフォートにも義理を感じたりするのですが。 夕食は、最初の頃は駅前ビルの中の店で食べていたのですが、駅前ビルからテナントがなぜか次々と撤退し、幽霊屋敷のようになってきたので、一昨年からは駅から少し離れたショッピングモールであるけやきウォークまで足を運んで、その中の登利平という店で食べています。登利平は鶏めしを主とする店で、高崎駅構内にも店があり、マダムが毎度入りたがっていたのに、いつも時間が合わなかったりなんだりで立ち寄れずにいました。それがけやきウォークの中に支店ができたというので大喜びで、毎回ここまで食事をしに来るようになったのでした。 駅からは1キロちょっとで、歩くと少し遠いのでしたが、去年来たときに、いつも前橋から中央前橋まで乗っているシャトルバスが、けやきウォークまで路線を延ばしたことを知ったので、今回はそのシャトルバスに乗って行ってみました。非常に楽でしたが、かなり広大なけやきウォークの外周をかなりまわったところでようやく入場し、こんどは内周をかなりまわってやっと停留所に到着します。なんだか距離を無駄にしている観があります。 いくらかの買い物をしたのち、登利平で食事をして、帰りは歩きました。はじめてけやきウォークに行ったときに較べると、道に馴れたせいか、だいぶ近く感じるようになりました。 一旦宿に戻り、天然温泉ゆ〜ゆへ。そういえばコロナ禍のこともあって、この種のスーパー銭湯にも最近は全然行っていなかったなと思います。毎年正月恒例だった、川口七福神めぐりからの「七福の湯」立ち寄りも、今年は柴又七福神めぐりにしたためにやっていませんでした。去年の秋の墓参行で、このゆ〜ゆに寄って以来だったかもしれません。 入浴施設は警戒する人が多いようで、ゆ〜ゆもいつもに較べるとずっとすいていました。 マッサージなどは受け付けていないようでしたので、浴室前に並んでいるマッサージ椅子を試してみました。こういうものも久しぶりだったせいか、とても快適だったのですが、宿で寝ようとしたら、急に脚が攣(つ)って難儀しました。久しぶりのマッサージ椅子のせいであったかどうかはわからないのですが、いままで攣ったことのないスネの部分が急に痛み出し、しかも先に痛み出した右脚を、左の足指やくるぶしなどで押しているうちに、今度は左脚が同じように痛み出し、右脚は治ったかと思えば左脚が楽になると共にまた痛み出したりして、しばらくうめいていました。 歩けなかったりしたらどうしようかと心配しましたが、マダムがスマホで調べてくれたツボを押したりしているうちに、なんとなく治ったようです。旅行中、ぶり返すこともありませんでした。なんだったのだろうかと思います。 翌朝、ビュッフェで朝食を摂ってから、早めにチェックアウトしました。那須への移動時間のこともありましたが、朝の、まだ気温が上がらないうちに墓参りを済ませてしまおうという魂胆でした。 ところが、外へ出てみると、朝から大変な陽射しです。この日(11日)、関東地方は猛烈な熱波に襲われていたのですが、朝のうちにはまだそんなこととはわかりません。前橋は朝から暑いな、と思いながら、シャトルバスで中央前橋駅に行き、上毛電鉄の電車に乗りました。 13分ほどで最寄り駅の心臓血管センターに着きます。お墓までは10分あまり歩かなければならず、そのほとんどの部分がぎらぎらした日なたになっていて、早くも汗だくです。 こちらは高尾の霊園ほどの管理はされておらず、草むしりなどは参拝者がしなくてはなりませんが、一昨年マダムの伯父が亡くなって同じお墓に入ったせいか、その子供たち(マダムのイトコたち)がちょくちょく訪れるようになったようで、そんなに雑草が茂っているようでもありません。あまりに暑いこともあって草むしりは省略し、高尾と同じくさっさとお参りを済ませました。 それからまた駅に戻り、上毛電鉄とシャトルバスを乗り継いで前橋駅に行ったわけですが、もう着ているものがびっしょりと濡れていて閉口します。9時台からこの暑さとはどうしたことでしょう。昔、小学校に通っていた時分、夏休みの心得として、 「朝の涼しいうちに勉強を済ませましょう」 とよく言われたものでしたが、こんな朝ではとてもとても勉強に打ち込める涼しさがあろうとは思えません。 実はこの日、前橋の隣の伊勢崎市、そしてそのまた隣の桐生市で、40度超えの熱暑となったのでした。40度というインパクトがこの両市にあったせいで、前橋のことはニュースでも言及されなかったようですが、隣り合った街ですから、前橋でも38〜39度くらいまでは達していたと思われます。なお私の住んでいる川口市も38度まで上がったそうで、家に居なくて良かったと思いました。 墓参りのあと、前橋に戻らず、上毛電鉄でそのまま桐生まで抜けるルートも考えていたのですが、そんなことをしなくて良かったと言うべきでしょうか。 両毛線で小山に抜け、そこから東北線を乗り継いで黒磯まで行ったわけですけれども、沿線はいずれも暑く、電車の冷房も効きが悪いようでした。コロナ感染防止のため、電車の窓は降雨時以外は少しずつ開けておくことになっており、そのせいもあったでしょう。車外から取りこまれる熱気が、冷房の能力を上回っていたのです。 こんなことなら、昔の、冷房が無かった頃の列車のように、窓を全開にして自然の風を取りこんだほうがよっぽどましかもしれない、と思いました。時速60キロで列車が走るとすれば、窓から手を出していれば時速60キロ、つまり風速14メートルの風を感じることができるわけで、それだけでかなり涼しくなります。 熱暑の墓参りと、そのあとの電車内の生ぬるい空気に、私はだいぶバテ気味になっていました。黒磯で下りる前だったか、マダムが、 「調子悪そうだけど、晩のフレンチフルコースが食べられないようだったら、わたしが食べてあげるからね」 と、優しいんだかがめついんだかよくわからない言葉をかけてきました。私としてもそうなると残念なので、なんとか体調を戻したいと思います。高原に登るわけなので、少しは過ごしやすい空気になるでしょうか。ともかく14時37分、黒磯に到着しました。 (2020.8.13.) |
II 高尾と前橋で墓参りを済ませた私たちは、関東地方が猛烈な熱暑に見舞われた2020年8月11日(火)の昼下がり、その関東の北端とも言うべき黒磯に到着しました。 武漢コロナの感染発覚者が日々増える昨今、旅行もあまり推奨されることではありませんが、その一方で大打撃を受けている観光業を進行すべく、Go Toキャンペーンもおこなわれており、いまのところそのキャンペーンが取り消されてもいません。マスク着用やソーシャルディスタンスなどにきちんと留意すれば、大丈夫だろうと判断して出かけてきました。 もっとも、伊勢崎や桐生で40度超えの気温を記録したこの日、電車に乗っていても窓開け対策のためにろくに冷房が効かず、座席に坐っているだけでも蒸し暑いことこの上なく、マスクもまともに着用していると眼がまわってきそうです。鼻までは出して、口だけ覆っていました。 黒磯からは、那須ハイランドパーク行きのバスに乗ります。宿はハイランドパークの少し先にあるらしいのでした。プリントしてきた地図を見る限り、500メートルかそこらと思われました。 ところで、那須ハイランドパークというのは公共交通機関では非常に行きにくい遊園地です。那須塩原発着で黒磯を経由する路線バスが1日2往復あるだけで、しかもオフシーズンになると平日は運行していないようです。運営会社である関東自動車のホームページを見たところ、7月からだったか、「平日は土曜ダイヤで、土曜は休日ダイヤで、休日は特別ダイヤで」運行するなどという、ものすごくわかりづらい記載があって、面食らいました。8月11日は平日ですが、この記載によるならば土曜ダイヤとなり、従ってハイランドパーク行きも運行しているはずですが、もしかすると運行していないかもしれず、そうなったらタクシーを拾うしか方法がありません。 路線バスの他、東京からの直通高速バスもありますが、コロナ禍のため今年は運転していないとのこと、これは確実にサイトに出ていました。 コロナ禍が無かったとしても、那須ハイランドパークへの公共交通によるアクセスはこの3本のバスしかありません。ほとんどマイカーだけが輸送手段であるという、日本国内とは思えないようなレジャー施設なのでした。 さて、黒磯駅に着いて、駅前の関東自動車のバス停に行ってみると、どうやらちゃんと運転している日であったようで、ひとまずほっとしました。バス停の時刻表を見ると、「平日」にも同じ時刻にハイランドパーク行きのバスがあるようで、ただし「学」と添え字があります。通学生だけ乗れる便があるのでしょうか。 ほっとしたところで、少し離れたところにある関東自動車の事務所に足を運びました。日なたを歩くと、兇悪なほどの日射がぎらぎらと照りつけます。黒磯駅は標高300メートルほどで、105メートルの前橋からは200メートル近く上がってきていますし、位置的にもだいぶ北になるので、2〜3度くらいは気温が低いはずですが、とてもそうとは思えない陽射しです。いや、陽射しはむしろ高度を上げるほうが強かったりするのですが、ともあれ肌をじりじり灼くような暑さでした。 事務所は掘っ立て小屋のような小さな建物でしたが、窓口に近づくとひんやりとした風を感じました。中は充分冷房されているようです。 わざわざ事務所を訪れたのは、バスカードを買うためでした。黒磯から那須ハイランドパークまでは大人ひとりで1170円、ふたりで往復すると4680円かかります。しかし、3000円のカードを買うと3370円分使うことができ、1000円のカードだと1100円分使えるそうですので、両方を4000円出して買えば470円分得になるわけです。この情報を事前に仕入れていたので、すぐに事務所に足を運んだわけです。 バスカードを欲しいと言うと、事務所のおばちゃんは 「はあ、回数券ですか?」 と訊き返してきました。バスカードの宣伝ポスターは事務所の前にも貼ってあったので、私はそれを指し、 「いや、これなんですけど」 と言うと、おばちゃんは迷い無く回数券を渡してきました。昔、うちの近所を走る国際興業バスでも販売していた、金券式の回数券です。200円券が16枚、50円券が3枚、10円券が2枚綴られて小冊子のようになっているものでした。カードじゃないじゃん、と憮然たる想いにかられました。 しかし、これで470円分を浮かせられました。おばちゃんは回数券と共に、路線図つきの時刻表や観光案内の冊子なども渡してくれたので、バスの中でも退屈せずに済みました。 バス停で待っていたのは私たちの他にも何人か居ましたが、14時55分発の那須ハイランドパーク行きに乗ったのは私たちだけでした。他の人たちは、15時00分発の那須ロープウェイ行きに乗るつもりだったようです。このあたりは全体として那須地方ではあるのですが、大雑把に那須温泉郷と板室温泉郷に分かれ、那須岳のロープウェイやサファリパーク、南が丘牧場などがあるのは那須温泉郷側、ハイランドパークがあるのは板室温泉郷側なのでした。那須温泉郷側のほうが見どころが多く、名の知れた観光ホテルなどもそちらにたくさんあって、目指す客も多いのでした。板室温泉郷側は板室温泉とハイランドパーク以外にはさほどの見どころも無く、どちらかというと地味な路線です。 走り出すと間もなく「板室街道」と書かれた道路標示があり、ひたすらにその道を走ります。やがて急激に登り道となり、明るかった空が急激に暗くなるほどに鬱蒼とした林の中を走ったりして、40分ほどで板室温泉に到着します。なるぼど見るからに地味な温泉郷で、玄人好みという印象を受けました。バスの折り返し所にわざわざ「板室温泉駅」と看板を出しているのが微笑ましいというかなんというか。 板室温泉まではバスの便も多いのですが、ここから先が1日2往復、オフシーズンになると平日は運転無し(?)になる山道です。ぐいぐいと高度を上げてゆきますが、最高地点は途中の三沢台のあたりで、それからは坂を下りる形でハイランドパークに向かいます。 やがて広大なハイランドパークが見えてきますが、バスはゲートをくぐると、斜面に設けられたこれまた広大な駐車場のあいだをぐんぐん下り、遊園地の入口前に到着したのでした。ゲートから入口までこれほど遠いとは思いもよりませんでした。当然、宿に向かうにはゲートまで歩いて戻らなければなりません。当然ながらずっと登り坂で、歩くのはかなりハードでした。駐車場が広いのは、マイカー以外に現実的なアクセス方法がほとんど無い那須ハイランドパークとしては無理もないことでしたが、混雑しているときはこの駐車場の上のほうまで埋まることになると思われ、到着時はともかく帰る際はだいぶしんどいことでしょう。 結局ゲートまで歩くのに10分以上かかりました。翌日復路で確認したところ、この先の宿などに行くときは、終点のひとつ手前の遅山橋という停留所でバスを下りたほうがはるかに楽だったようです。 ハイランドパークのゲートを出て、しばらく坂を下って川を渡り、そこからかなりの急坂を登って、少し横道に入ったところに、今夜の宿がありました。結局バスを下りてから30分くらいかかったことになります。英国の森ホテルクイーンズマナというところで、ホテルと称していますが実際には夫婦経営のペンションです。全部で6室しか無く、よく予約できたものだとわれながら感心するほどでした。 案内された部屋には「ヴィクトリア」とプレートがかかっていました。他の部屋は「エリザベス」だったり「アン」だったり「メアリ」だったり、基本的に英国の女王の名前がついているようです。入ってみると非常にゆったりとした空間の使いかたをしており、特にバスルームがきわめて広々としているのが、効率重視型のビジネスホテルなどとは違ったゆとりを感じさせられました。調度なども英国式ホテルを意識しているようです。普通の宿なら煎茶を置いていそうなところが、紅茶になっていたりもしました。マダムも大喜びです。 部屋にも風呂はついていますが、温泉になっている浴室が別にあり、そこは早い者勝ちで施錠して入れるようになっています。もう少し大きい宿だと、入浴時間を予約したりするところですが、6室なら早い者勝ちでも差し支えないというところでしょうか。 到着時、なんとなく気分がすぐれなかったのですが、温泉に漬かり、それから部屋でわずかながらまどろんだらだいぶ回復し、夕食を食べる元気も出てきました。 英国式を標榜する宿ですが、夕食はフレンチのフルコースでした。配膳や給仕はもっぱらマスターがおこなっており、奥さんがシェフを務めていると思われます。メニューはアミューズ・オードブルののちジャガイモのスープ、スズキの焼きもの、牛フィレの赤ワインソースなどと、きわめてオーソドックスな組み立てでしたが、地元産の食材などを使っているようで、味はとても良かったと思います。 全員が着席してからコースをはじめるという方式で、これは部屋数の少ない強みというものでしょう。テーブルも6脚だけで、全部埋まっていました。おそらく夫婦者であろう男女ペアが私らを含めて4組、小学生くらいの女の子を伴った3人家族がひと組、それに女性同士のペアがひと組でした。 男女ペアのひと組は自転車で旅しているようで、最初私たちの部屋の窓の外に駐輪されてマダムが憤慨していましたが、そののちもっと奥まった自転車置き場に移してあったので彼女も機嫌を直しました。それにしても、この高さまで自転車でやってくるとは恐れ入ります。 食事はフルコースならではというか、まるまる2時間をかけて供されました。このテンポも、ゆったりした気分にひと役買っている感じです。 前の晩のように脚が攣(つ)ることもなく、家に居ればまだ活動時間と言って良い23時頃にはすっかり眠くなり、気持ち良く寝ました。 朝食が8時半からというのも、珍しくゆったりとしています。たいてい、朝食を供する宿では、7時とか、早いときは6時半くらいから出すことが多いのですが、そんなにあわてず、ゆっくりしたテンポに身をゆだねて貰いたいという宿のコンセプトによるものでしょう。ただ、前の晩早めに寝たので、6時過ぎに起きてしまい、朝食時間まで少々長くておなかがすくようではあります。 朝食のほうはイングリッシュ・ブレックファストで、山盛りのサラダやスープ、卵料理などでかなり満腹します。実際、この日の昼食はきわめて軽いものでしたが、マダムもさほど空腹を訴えなかったほどです。 朝食のあともしばらくゆっくりして、10時20分頃にチェックアウトしました。チェックアウトの事務も全部マスターがやっていて、シェフと思われる奥さんは最後まで登場しませんでした。食事のあとなどに顔を見せるかと思ったのですが、それも無く、 「あんまり人前に出たくない人なのかもね」 などとマダムと言い合っていたのですが、宿を出て少し歩きはじめたところで、うしろからその奥さんらしい女性に声をかけられました。別に用があったわけではなく、ありがとうございました、と挨拶してくれただけですが、人前に出たくないというわけでもないのかもしれません。 再訪してみたい、居心地の良い宿でしたが、アクセスが悪いのが厄介です。実は那須インターからは近いようなので、クルマならわけはないのですが、公共交通機関を使おうとすると、私たちの使ったルートしかありません。チェックインのときに、クルマのナンバーを訊かれ、クルマで来たのではないと答えたら、 「タクシーでいらしたんですか」 「いや、バスです」 「レッドラインですかね」 「いえいえ、黒磯からのバスで」 と答えると、マスターは眼を丸くしていたほどでした。 レッドラインというのがわからなかったのですが、これは那須地域を巡回しているバスだったようです。時刻表などには載っていないので存在に気がつきませんでした。ただ、あとで案内を見てみましたが、ハイランドパークのあたりまでは来ていないようで、レッドライン利用でここまで来たという発想をマスターがしたのが不思議に思えました。 さて、宿を出た私たちは、昨日の道を逆に戻って、那須ハイランドパークに着きました。ゲートからはこんどは下り坂なので、30分はかからないだろうと思ったら、なんだかんだでやっぱりかかってしまいました。 チケットブースに行って、ファンタジーパスというのを購入します。入場料に加えて、中のアトラクションのどれでも利用可能という、要するにフリーパスで、そうでなければいちいちアトラクションごとに料金を払うことになります。入場料だけだと1600円、ファンタジーパスは5600円なので、損益分岐は4000円となります。つまり4000円分以上アトラクションを利用すれば元が取れるということです。 しかし、ブースのお姉さんは苦笑混じりに言いました。 「今日、午後からははっきり雨になる予報が出ていて、降ってきたら中止になるアトラクションもあるんですが、その場合でも払い戻しはできないんで、その点ご了承ください」 確かにこの日(12日)は、関東一帯豪雨になる予報が出ていました。前日は熱波、こんどは豪雨と、関東地方はかなりわやくちゃなことになっているようです。那須地方も午後から雨ということだったようですが、そうなったらそうなったでやむを得ません。ハイランドパークには屋内のアトラクションなどもけっこうあるので、できるだけ愉しもうと思います。 とにかく、先に外の、あるいは遠くのアトラクションから利用することにしました。最初に乗ったのは入口に比較的近いパニックドライブという小型のコースターでしたが、マダムが思いの外絶叫し、コースター系は心臓に悪そうなのでなるべく避ける方針になりました。各種コースターが充実しているのが那須ハイランドパークの特色でもあるのですが、まあやむを得ません。 「水」系のアトラクションがいくつかあって、何しろ暑いので私はそちらを指向しました。同じ気持ちだった人も多かったようで、リバーアドベンチャーにしろウォーターコースターにしろ、他のアトラクションよりも混んでいた気配があります。 観覧車、スカイバルーンなど、「高さ」系のアトラクションも気分良く乗れました。もともと山の上に設置された遊園地だけに、高く上がるとすばらしい見晴らしでした。 アトラクションはそれぞれけっこう料金が高く、ファンタジーパスの元を取るのはさほど難しくないような気がしました。ガイドマップにアトラクション料金も詳しく書いてあったので、計算しながら乗っていました。 16時00分のバスで発たなければならないので、15時30分くらいまでには遊び終えなければならないでしょう。屋内コースターである「SHINPI」に乗ろうと思ったら、消毒のために14時30分から15時まで運転中止となっており、微妙なタイミングでした。15時までは20分以上ありますが、そのまま待っていれば再開したときに一番乗りができ、さっさと済ませられます。他のアトラクションをもうひとつくらい利用してくる時間はありますが、それをやると「SHINPI」でも待たされてしまう可能性が高くなります。そうすると入口まで戻る時間が厳しくなります。那須ハイランドパークは、敷地面積が広い以上に、山の斜面を切り拓いているだけに、園内は階段や坂道だらけで、考えている以上に移動に時間を食うと思われます。 結局そのまま待ち、もくろみどおり一番乗りを果たしましたが、賢明な判断であったかどうかはわかりません。 とはいえ、昼過ぎには空はむしろ晴れてきて強烈な陽光が降り注ぎ、雨の気配などまったく感じられなかったのは幸いでした。あとで見たら、腕が相当に焼けており、腕時計と、ファンタジーパスのリストバンドチケットの部分だけ焼け残って縞々になっていました。 ふだんの年なら、夏休みのこの時期など、もっともっと混んでいただろうと思われるのですが、コロナ禍のおかげかさほどのこともなく、どのアトラクションもわりとすんなりと乗れて、数も稼げました。最終的には、11種のアトラクションを利用し、いちいち料金を払ったとしたときの合計金額は6400円となり、充分に元が取れました。迷路系なども好きなのですが、時間を要するので今回は断念しました。そもそも全部を体験するのは一日ではおそらく不可能で、オフィシャル宿泊施設である「TOWAピュアコテージ」でも泊まり、割引特典を利用して2日間くらいかけなければ、那須ハイランドパークはとても遊び尽くせないと思います。 16時00分のバスで黒磯駅に戻ります。そこからは普通に、東北本線の電車を乗り継いで帰宅しました。少し前まで、黒磯から直通で湘南新宿ラインや上野東京ラインに入る電車があったのですが、いまは朝の時間帯に上野行きが何本かあるほかは、ほぼ全列車が宇都宮乗り換えとなってしまいました。
乗った電車の窓は濡れていました。私たちは雨に遭わずに済みましたが、関東地方の豪雨は本当に実現していたようで、その豪雨の中を通り抜けてきた電車がずぶ濡れになっていたのも当然なのでした。なんと私の住んでいる川口市が、テレビニュースで採り上げられるほど浸水していたようで驚きました。まあ川口市の中でも、北側の東川口のほうだったようで、私の住んでいる南側は大丈夫だったようですが、在宅していたら気が気でなかったかもしれません。 11日の猛暑も12日の豪雨もかろうじて避けて帰ってきましたが、川口に下り立つと夜になっても蒸し暑く、那須高原の涼気をつい思い出してしまうのでした。 (2020.8.14.) |