5年ぶりの作曲再開
このところ、ふたつほど書き上げなければならなかった曲があり、いささか立て込んでいました。
自分として忸怩たることに、どちらも心づもりでは去年(2015年)中に済ませる予定だった曲でした。依頼者のほうはもう少し待ってくれるつもりがあったようなのですが、それにしても4月までずれこんでしまうと、そろそろしびれを切らしたらしく、両方とも催促を受けました。
加えるに毎年4月といえば、6月の板橋オペラのための編曲作業に追いまくられる時期でもあります。私もさすがに危機感を覚え、しばらくは作曲に専念しなければなりませんでした。まあ、作るほうの仕事で忙しかったというだけでもありがたいと思うべきでしょう。もっとろくでもない仕事が立て込んでにっちもさっちもゆかないことだってあるのですから。
順番として先に済ませたほうから言うと、まず『月の娘』です。
2011年頃の項目に、『月の娘』の話は何度か書いています。しかしその後、完成したという報告はもちろん、進展したという話も書いていないので、皆様としても
──ははあ、これはものにならなかったな。
とお思いだったのではないでしょうか。
実は、もともとこの作品の初演を予定していた新田恵さんのリサイタルが流れてしまったのでした。新田さんご自身も当時少しごたごたしていたようであり、やむを得ぬことではありました。しかし『月の娘』については、
──いつか必ずやるので、温めておいてください。
と言われていました。
5曲の舞踊曲と7曲のアリア、そして器楽による小序曲という、かなり大規模な作品になるはずだったもので、初演の機会が流れてしまったのは残念でしたが、一面ちょっとホッとした気分でもありました。
「いつか」のために、少しずつでも進めておこうとも思ったのですけれども、やはり演奏の予定の立たない作品というのはなかなか気が乗りません。仕事としての優先順位も低くなってしまいます。小序曲とアリア第1番、それに第2番の大半を書いたところで作業は止まってしまいました。
そうこうするうちに、スタジオジブリのアニメ映画「かぐや姫の物語」が制作されました。私はこの映画を見ていないのですが、副題だったかアオリ文句だったかに「姫の犯した罪と罰」というような言葉があり、ここから推測すると、どうも『月の娘』と似たようなスタンスでかぐや姫を描いているのではないかと思われました。
子供向きの絵本などでは触れられていないことが多いのですが、かぐや姫は天界で罪を得て地上へ流されたということになっています。最後に天に昇ってゆくのは、刑期が明けてふたたび天界へ迎え入れられることになったからだったのでした。
なんの罪であったかは原典もつまびらかにはしていません。あるいは「傲慢」の罪ででもあったでしょうか。
ともあれ、地上で罪を償わなければならない身であるのに、求婚者たちに無理難題を押しつけたりして、さらに罪を重ねていることに気づいて愕然とするかぐや姫……というのが『月の娘』の台本におけるキモみたいなものでした。ジブリ映画がどんなストーリーなのかは知りませんが、あの副題からすると、やはりかぐや姫の「罪」に焦点を当てた物語になっているのではないかと考えました。
するとタイミングによっては、私がジブリ映画からネタをパクったみたいに思われるかもしれないではありませんか。それは面白くない、と考えたことで、制作を進める気分がさらに萎えました。
去年になって新田さんが、今度こそリサイタルをやるので曲を書いてくださいと要請してきました。ただ当初の、踊りを伴った形での上演はできないので、歌のところだけの部分初演にしたいとのことでした。
踊りをはさまずに歌い続けだと、ちょっとしんどいかもしれないと思いますが、良い機会です。書いてみることにしました。
それで、いままで書いたところを見直そうと思いました。小序曲とアリア第1番はすでにデータ化していたのですぐに参照できました。ところが、なかば以降まで書いてあったはずの第2番の草稿が見当たりません。完成してはいなかったのでデータ化してなかったのです。草稿にしても、別に棄てるはずもありませんけれども、4年以上が経つうちに、どこかにまぎれてしまったようです。
やむを得ません。第2番ははじめから書き直すことにしました。
ところでこの第2番は、姫が5人の貴公子から求婚を受けて困惑する場面で、曲の最後に5つの難題が登場します。
ここで私もはたと困惑しました。それというのも、難題について触れた箇所では、5人の貴公子による探索行──つまりここを踊りで表現する予定なわけですが──の音楽のそれぞれのモティーフをちょっとずつ引用することになりますが、その舞踊音楽はまだ一音符も書いていません。無いものを引用するという器用なことは、なかなか私には難しいものがあります。
それに、このあと第3番から第7番までの5曲は、言ってみればそれぞれの貴公子へのリアクションに相当しますので、当然ながら舞踊部分のモティーフが顔を出すことになります。つまり、この先を進めるためには、舞踊曲のイメージができていなくてはならないわけです。
そういえば前に書いたときも、ここで止まったんだったっけなあ、と思い出しました。
こうなっては是非もありません。5つの舞踊曲をいま全部作曲するわけにはゆきませんが、とにかく主題だけでもひねり出さなければなりません。
仏の御石の鉢を求められながら、探索に飽きてしまってそこらのボロ寺から割れ鉢を拾ってきた石つくりの御子の主題は、なんとなくけだるげな音楽にしました。
火ネズミの皮衣を求められて、財産を傾けて外国の商人から買い取ったものの贋物をつかまされる右大臣あべのみむらじの主題は、何か滑稽な悲壮感みたいなものを感じられるような音楽としました。
蓬莱の玉の枝を求められ、職人に作らせるものの、その職人が工賃の請求にやってきて赤っ恥をかいてしまうくらもちの御子には、なんだか豪華できらきらしているような主題を与えました。
燕の子安貝を求められ、梯子に昇って探すも、転落して腰骨を折り落命するいそのかみの中納言には、右大臣と同様、滑稽さと悲惨さを共に感じられるような主題としました。
そして龍の頸の玉を探しに行った大伴の大納言の主題は、勇壮かつ悲劇的なものとします。
とりあえずそれぞれ数小節ずつだけスケッチし、急遽それをアリアに引用しました。
新田さんからのオーダーは、今年の2月中くらいにということだったのですが、2月末に楽譜データを送れたのは3曲だけでした。あと3曲です。
3月末には2曲を送り、終曲だけ残りました。ここに至って新田さんも、4月15日が最終期限と念を押してきたのでした。
実際には10日に書き終えました。この日の昼に、まったく予想していなかったのですが、ひょんなことで新田さんと顔を合わせる機会があり、それなら終曲の譜面を直接渡せば良かったと思ったのでした。会えるとは思っていなかったので、データ打ち込みをあとまわしにしていて、まだ譜面ができていなかったのです。その日の晩にメールで送りました。
これでひと息というところですが、ただし『月の娘』はまだ完成したわけではありません。新田さんはこれも「いつか必ず」踊りをつけて全曲初演すると言っているので、5曲の舞踊曲を書き上げなければならないのです。作品整理番号をつけるのはそのあとということになるでしょう。
作らなければならなかった曲のもうひとつは、4台のピアノのための作品『いのちの渦紋』でしたが、これについてはまた稿をあらためることにいたします。
(2016.4.16.) |