少し前から、いよいよ『星空のレジェンド』のオーケストレーションに取り掛かりました。とりあえずファミリー音楽会のための編曲が終わり、譜面作成サービスで依頼を受けていた仕事もひととおり終えたので、自分の作品に手を入れることにしたわけです。もうひとつ、『セーラ』のオーケストレーションも抱えていますが、こちらはまだ使用楽器が確定していません。『星空のレジェンド』のほうはいちおう標準の二管編成にしますが、『セーラ』は実際に板橋で集められる奏者に制約されますので、もう少し指揮者やインスペクター(オーケストラマネージャー)と話を詰めなければなりません。 このところフルオーケストラへの編曲仕事にご無沙汰しており、オーケストラの譜面を作るのは久しぶりになります。もちろんFinaleを現在のヴァージョンに換えてからははじめての話で、そのためいろいろと設定が面倒です。ひとまず標準編成での設定をしておけば、『セーラ』のほうはそこからピックアップする形で設定ができるでしょう。先に『星空』からはじめたのは、そのもくろみもあります。 オーケストラスコアと、普通のアンサンブルスコアとの設定の違いはいくつかありますが、まずパートをまとめる必要があるという点があります。 二管編成以上のオーケストラだと、同じ種類の楽器が複数使われます。フルート2本とか、クラリネット2本といった具合です。 この場合、アンサンブルスコアであれば、フルート1とフルート2といった風に、ひとつの楽器に1段の五線を割り当てれば済みます。ところが、フルオケのときはパート数が多いので、この方法だとやたらと段数が多くなり、指揮者が譜読みをするのが大変になってしまいます。 例えばフルートが、1番も2番もしばらく休むようなとき、全休符がずらずらと並んだ五線がパートの数ぶん重なっているのは、いかにも無駄です。見づらいし、プリンターのインクももったいないというものです。フルート全部をまとめた五線が1段になっていたほうがずっとすっきりします。 オーケストラでは、音の力強さを出すために、同種の楽器がまったく同じメロディを奏する(ユニゾン)こともよくあります。この場合も、五線が1段にまとまっていたほうが何かとわかりやすいでしょう。 違う音を奏するのであっても、リズムが同じなら「重音」という書きかたができます。ピアノの譜面などではよく見ますが、1本の棒(符尾)に2個以上の玉(符頭)がついているというものです。 さらに、リズムまで違っても、ある程度であれば1段の五線に書くことができます。パートライティングという方法で、第一のパートはすべての符尾を上向きに、第二のパートは下向きに、などとすることでそれぞれのパートの動きを見分けられるようにするわけです。簡単な歌集などで、二部合唱になっている箇所がそんな形になっていることが多いです。 が、それではおさまらないときがあります。それぞれのパートの動きがきわめて複雑だったり、広い音域にわたっていたりして、1段の五線に書くとごちゃごちゃして非常に見づらくなるということがあるのでした。 こういうときは、一時的にパートごとに段を分けなければなりません。この「一時的に分ける」という行為、昔のように既成の五線紙に手書きで譜面を書いていれば、ごく簡単にできるのですが、Finaleだとそこがややこしくなります。 つまりパートをまとめた「フルート」という五線の他に、「フルート1」「フルート2」という五線をあらかじめ用意しておかなければなりません。まあ、必要になってから付け加えることも可能ではありますが。これらの五線は、ほとんどのページでは非表示となります。 さらに問題があります。2番フルート奏者というのは、ちょくちょく楽器をピッコロに持ち替えたりします。ピッコロは移調楽器で、同じ音符を見て吹いた場合に、フルートより1オクターブ高い音が出ます。そのため、同じ五線で扱うことができません。まあソフトシンセサイザーで試演することを考えなければ、表記だけ同じ五線上でおこなうことはできますが、ページの左端に記される楽器の略号を、ピッコロに持ち替えた場合はFl.2からPicc.に付け替えるのが普通で、同じ五線上でその付け替え操作をするよりは、ピッコロ専用の段を用意しておいたほうがずっと簡単です。また、フルートとピッコロならまだオクターブ差なので良いのですが、これがオーボエとイングリッシュホルンとか、クラリネットとピッコロクラリネットなんてことになると、調号も違ってきますから、同じ五線上で扱うのはまず無理になります。 そんなわけで、2本のフルートのために、Finale上では「フルート」「フルート1」「フルート2」「ピッコロ」の4段の五線を用意しなくてはならないということになるのでした。 当然、他の種類の楽器でも同じように余分の五線が必要です。こういう処理が、案外煩雑です。 Finaleでは、スコアを作ればパート譜はワンタッチで作れるわけですが、オケスコアだとそう簡単にはゆきません。たとえば上記の4段の五線を、一旦「グループ化」して、グループ単位のパート譜を作り、そこからふたつのパートに「割り振る」作業が必要になります。ここの作業はまだやっていないのですが、いま使っているFinale25では、スコアとパート譜が連動しており、パート譜の音符を動かしたりするとスコアのほうも代わってしまいます。この機能は、ミスが発見されたときにいちいち両方を修正しなくて良いというメリットがあるのですが、「割り振り」なんぞをおこなうとスコアがめちゃくちゃになってしまいます。たぶん、一旦グループごとにセーブし直して、別のファイルにしてから作業をおこなわなくてはならないでしょう。作譜の作業は、思ったより手間がかかりそうです。 とはいえ、自分の作った曲が、徐々にオーケストラの響きをまとってゆく喜びは、やはり格別のものがあります。 ちょくちょくソフトシンセでプレイバックしては、 ──やっぱりオケの響きはいいなあ。 などと悦に入っています。もちろんFinale附属ソフトシンセなどはたいしたクオリティではなく、音も荒いし細かいニュアンスの奏出なんてことも不可能です。しかも面倒くさいのでまだ詳細な設定はしておらず、パンもヴォリュームもいい加減です。デフォルト設定だと、木管楽器が強く聞こえるわりには、金管楽器、なかんずくトランペットなどが弱くなっているようです。言うまでもなくトランペットの音というのは、他の楽器が最大音量で鳴っていたとしても、その響きを軽々と飛び越えて鳴り響きます。ところがソフトシンセのデフォルトだと、ほとんど聞こえてきません。 そういったことは、設定を細かくいじればある程度改善されるのですが、それにしたってソフトシンセの音は、本物のオーケストラと較べられるようなものでないことはもちろんです。 そんなお粗末な代用品ではありますが、いままでピアノでしか聴いてこなかった自分の曲がまがりなりにもオーケストラの音で聞こえてくるのは、まさに感動ものです。いままで、ほとんどの他人の曲ばかりオーケストレーションしてきましたが、それらの仕事で培ったいろいろな知識やテクニックを、いよいよ自分の曲に惜しみなく注ぎ込めると思えば、喜びもひとしおなのでした。 前にも書きましたが、私がこれまで書いた自前の管弦楽曲は、学生時代に3曲半(「半」はオーケストレーションの講座の試演会のために書いた習作)あるばかりで、しかもうち1曲は音になっていません。いずれもかれこれ30年以上前のことです。 その後、自作のオーケストレーションをまったくしていないということでもありません。MIDIファイルを作るときにはオーケストラの音にしている場合が多く、特に「ハーリクィンの小径」「小蘭」「マリーシカ」は、旧作のピアノ曲やアンサンブル曲を、けっこう本格的にオーケストレーションしたものです。譜面は作っていませんが、その気になればすぐオーケストラの譜面に起こせるくらいにはなっています。こういう形のものを、もう少し作っておけば良かったという気もします。残念ながらその後MIDIシーケンサーソフトが不調になり(音を出すためのパソコンのリソースが何か他のソフトと抵触してしまったらしい)、ここしばらくMIDIファイルは作っていませんが、またソフトを入手できたら、旧作のオーケストレーションということをやってみたいと思っています。 ともあれ、自作のオーケストレーションを譜面として書くのが、学生時代以来であることは確かです。あの頃は、まさかパソコンでそれをやるとは思いも寄らなかったなあ。学生時代に使っていたパソコンは、NECの8821というマシンで、OSも日本語BASIC88とかいうヤツでした。音は昔のファミコンみたいな感じで、ファミコン同様、同時に3声しか鳴らせませんでした。私はバッハの3声のインヴェンションを演奏できるようプログラムして遊んでいました。隔世の感があります。 いろいろ編曲の必要などがあって、オペラその他のスコアを精読する機会が多いのですが、歌ものの場合、歌のパートをオーケストラのどれかの楽器が一緒に奏していることがよくあります。特に合唱などは楽器でトレースされているケースが非常に多いことに気づきました。そのほうが確かに、歌うほうも自信が持てるし、響きの補強にもなることでしょう。 ピアノ伴奏で書く場合は、よほどのことがないと、歌と同じメロディをトレースするなんてことはしません。効果も薄いし、歌い手もうるさく感じるでしょう。 しかしオーケストラ伴奏のときは、やはりトレースしてやったほうが良いのでしょうか。トレース無しの歌だけだと、充分に響かなかったりするのか、そのあたりは実際に音にしてみないと確実なことは言えないかもしれません。 そういえば、オペラアリアのヴォーカルスコアを見ると、もとのスコアに書いてあるものだから、歌のトレースパートがかなりの確率で含まれています。これがあるために、ピアノで弾くのがやたら難しくなっていたりします。もしかして、ピアノで伴奏する場合、歌のトレースパートは弾かなくても良いのではないでしょうか。こんどアリアの伴奏などを頼まれたら試してみようかと思っています。歌い手が聴き慣れない伴奏で戸惑うかな。 『星空』の第1曲は、児童合唱によって歌われるので、音量の補強の意味でも、トレースパートがあったほうが良いと思い、いろんな楽器で歌と同じことをさせていますが、2曲目以降の大人の合唱ではどの程度トレースすべきなのか、迷っているところです。 『星空』は、最初から、いずれオーケストレーションすることを前提としてピアノ版を作ったわけで、そのためピアノには少々過大な負担を強いる書きかたになっていました。毎年のピアニストにはまったく感謝しかありません。
しかし、そうであるにもかかわらず、実際にオーケストレーションをはじめてみると、ややピアノ的な動きだなと思われるところがいくつも出てきました。ピアノの鍵盤を前にして作曲しているので、ある程度やむを得ないところはあるものの、自分の発想がなおピアノ的であることに驚かざるを得ません。本来的に「オーケストラ的な発想」を身につけるには、もう何曲か管弦楽曲を書いて経験を積む必要があるのかもしれません。 いろいろ予想外なこと、戸惑うこともありますけれども、それらも嬉しさのうちではあります。『星空のレジェンド』も『セーラ』も、厖大な作品ですが、最後までオーケストレーションの作業を愉しめればと念じています。 (2018.10.27.) |
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