あいにくの雨がちな七夕です。今日(2019年7月7日)は『星空のレジェンド』の第5回公演があったので、平塚まで行ってきました。平塚といえば「関東三大七夕祭り」のひとつである盛大な七夕祭りを開催する街として有名です。平塚駅の発車メロディも「たなばたさま」です。 もちろん『星空のレジェンド』という企画自体が、その平塚の七夕祭りに乗っかる形ではじまったわけです。七夕の縁起である牽牛・織女の物語を微妙に洋風にアレンジした台本に基づいて作られたオラトリオです。 第1回以来、毎回七夕祭りの前後、6月末から7月上旬ころにかけて公演が開催されました。しかし、ちょうど7月7日となったのは今年がはじめてでした。
今日聴きに行くにあたって、オーケストラ版を仕上げて持ってゆきたいと考えていたのですが、残念ながら果たせませんでした。去年のうちに前半6曲をすでに作り終えていたので、『セーラ』のオーケストレーションが終わってから再開すれば、だいたい間に合うかな、などと皮算用していたのですけれども、どうしたわけかあれこれとやらなければならない作業が相次ぎ、落ち着いて『星空のレジェンド』のオーケストレーションに取り掛かる余裕が得られなかったのです。 そんなに大きな作業が入っていたわけではないように思われるのに、私の気分的には全然暇が無かった感じで、なんだかあたふたしているうちに7月に突入してしまったという印象です。 これはいかんと思い、第7曲めのオーケストレーションをはじめはしたのですが、なんだかちっともはかがゆきません。もっと先に済ませなければならない他の作業が次から次へと生まれてくるみたいな有様です。 実際にはそれほどの窮状ではなかったと思うのですが、とにかく気分的にはそんな感じで、まったく進められないままに今日を迎えてしまいました。 まあ、今年の公演日に間に合わせるというのは、はっきり約束したわけではなく、だいたいその頃までに形にするというようなことを言ったばかりです。そもそもオーケストレーションが出来上がっても、それを実際のオーケストラで演奏するあてはいまのところありません。平塚市で数年後に新しいホールが落成するので、そのこけら落としとして『星空のレジェンド』のオーケストラ版を披露したらどうだ、という程度の話で、オーケストラをどこに頼むかもまったく話が進んでいないのです。 だからそんなに急ぐ必要は無いと言えば言えるのですけれども、しかし「急ぐ必要は無い」となるといつまでもらちがあかないことが予想されます。ある程度自分で期限を切らなければ、ずるずると遅れてゆくでしょう。それでひとまず、今年の公演日ころ、という目安を設けたのでしたが、悲しいかな玉砕だったのでありました。
とは言っても、まったくなんの形も示せないのでは、信用にかかわります。いちおうちゃんとオーケストレーションは進めていますよ、ということをアピールすべく、第1曲のスコアを印刷し、それだけを製本して、大川五郎先生にお渡しすることにしました。本当はすでに終わっている第6曲までお渡ししたかったのですが、そこまででもかなりのページ数となり、それを製本するとなると、糊と製本テープを用いる自家版の製本ではとても間に合いません。キンコーズなどに持って行ってやって貰うしか無さそうです。 この前『セーラ』のスコアやパート譜をキンコーズで印刷製本して貰った経験からして、製本を頼むといくばくかの日数がかかります。そのための時間がとれなかったのでした。第1曲だけなら、かろうじて自家版製本でなんとかなります。あくまでサンプルとして……ということでお目にかけることにしました。 その製本作業をしていたら、もう出かける時間が迫っていました。ぐーすら朝寝しているマダムを起こして、家を出ました。 今日は雨模様ということだったので、長い傘を持って出ましたが、振るにしても霧雨程度で、あんまりさす機会がありませんでした。折りたたみ傘で充分だったと思います。 赤羽から、湘南新宿ラインの特別快速で、一路平塚へ。池袋でボックス席に坐れたのでラッキーでしたが、そのあとから同じボックスに坐ってきた人は、なかなか下りません。全体的にいつもより混んでいるようです。不思議に思っていましたが、私たちが下りる平塚に着くと、他の客たちも一斉に下車態勢に入りました。どうも大半の乗客が平塚で下りたようです。なんでまた、と思うほどのこともありません。七夕祭りを目当てに来たに決まっています。 コンコースはすごい混雑でした。構内の食堂に入ろうとしたら、 「あ、逆行しないでくださ〜い」 と警備員に言われました。通路は一方通行になり、あとからあとから人の列が続いています。 「えっ、そこの店に行くのもダメですか」 と訊ねると、さすがにそれは許可されました。 構内の店でカレーライスを食べていると、その店の扉が自動ドアで、行列が続いているとしょっちゅう開いてしまいます。タッチ式の自動ドアにしておけば良いのに、と思いました。 下車客がむちゃくちゃ多かったのは、私たちの乗ってきた特快電車が、この駅で普通電車を追い抜くために、2編成分の下車客がほぼ同時に吐き出されてきたからだと思われますが、それにしてもすごい数でした。行列がひとまず終結するまでのあいだに、私はカレーライスをすでに半分以上食べ終えていました。しかも終結したかと思ったら、どうやら次の電車が着いたらしく、またもや新しい行列が通路を埋めはじめます。 食べ終えて外に出、階段を下りて駅前広場を通り、演奏会場の中央公民館への道を辿りはじめましたが、どこもかしこも人でいっぱいで、まっすぐ歩くことすら容易ではありません。駅近くの道路はみんな車輌通行止めの歩行者天国となっています。巨大な吹き流しがそこらじゅうに林立しており、その下をものすごい数の人々が無原則に歩き回っています。 正直、平塚の七夕を舐めていた、と思いました。こんなに盛大なお祭りであったとは、予想もしていなかったのです。「関東三大」の筆頭の座は伊達ではなかったということです。 裏道を通ろうとしても、どの道にも人と吹き流しがあふれています。こんな調子では、いつになったら中央公民館に着けるのだろうかと心細くなるほどでした。 さすがに、大きな通りを3本ほど渡ると、吹き流しも無くなり、人の数もだいぶ減りました。ほっとして会場に辿り着きます。 会場の玄関にも、小さな吹き流しが飾られていました。
去年の第4回公演は、コーロ・ステラの演奏会とかち合ってしまって、聴きに行くことができませんでしたが、あとは全部足を運んでいます。 第1回と第2回は、大川先生がご自身で指揮をしていましたが、その後体調を崩され、第3回からは中村拓紀さんが指揮をしています。最近絶賛売り出し中の若手合唱指揮者です。クール・アルエットの伴奏をしてくれている山本佳世子さんが関わっている、洗足学園関係者による合唱団があるのですが、先頃、そこをずっと指揮していた先生が亡くなってしまい、そのあとを中村さんに頼んだところ、あまりに忙しい人で、かなり変な時間帯しか空いていなかったという話を聞きました。ある意味、一昨年から頼んでいて良かったと言うべきかもしれません。 曲によっては、大川先生の指揮だと、私のイメージより若干テンポが遅く感じられるものがあったのですが、中村さんのテンポ作りはその点速めになっていて、快い前進感があります。まあ年齢の差というものもあるのでしょう。 ピアニスト、ソリスト、ナレーター、打楽器奏者、いずれも最初から少しずつ代わっています。合唱団員以外で5回全部参加しているのは、女性ナレーターである小林薫さんくらいでしょうか。 『星空のレジェンド』は正味60分ほどの作品で、単独で上演するには少々短いようです。それで他のプログラムを追加することもあり、今年は3人のソリストによる独唱ステージが前座として設置されていました。ヴェガ役ソプラノの竹村真実さん、アルテオ役テノールの濱松孝行さん、天帝の使い役バリトンの大津康平さんが、それぞれ1〜2曲ずつ歌ったわけです。ピアノの薄木葵さんはこのステージも全部伴奏しており、いちばん大変であったと思います。なお薄木さんの譜めくりをしているイケメンが、どこかで見た顔だと思ったら、これまた絶賛売り出し中の合唱指揮者栗原寛さんではありませんか。この人は10年ほど前に、指導をしている小田原の合唱団で『TOKYO物語』を扱ってくれて、さらに加えてアンコールとして「東京ラプソディー」を歌いたいというので、混声合唱版編曲を委嘱してきたことがあります。譜めくりしていたのは中村さんに頼まれたのであるようですが、ちょっともったいないような人材の使いかたをしているなあと思いました。 休憩のあと、メインステージと呼ぶべき『星空のレジェンド』です。第6曲のあとでインターバルを入れることが多いのですが、今回は休み無しの通奏ということになっていました。また、これまでは花道にブースを用意していたナレーターのふたりを、合唱団の中に配置しています。さらに序曲をはじめときどき出てくる児童合唱を、その都度入退場させるということをせずに、基本的にはずっと舞台上に置いています。進行のスムーズさということを主題に置いた演出ということであったようです。 そのせいかどうか、全体のストーリーの流れがはじめてよくわかったという評も寄せられたとのことでした。歌い手たちもそうであったのかもしれません。そういえば楽譜を手にしていない合唱団員がずいぶんたくさん居ました。アマチュアの場合、暗譜するかしないかは、表現力の拡がりに非常に大きくかかわってきます。いままでに較べて暗譜の人が多かったということは、お客に対する表現力、説得力といったものが、おそらく倍増というレベルでなく拡張したと言えそうです。スムーズさ重視の演出とあいまって、曲がようやく、コール・レジェンド(この曲を演奏するために集められたアマチュア合唱団)のものになってきたということなのかもしれません。 言い換えるならば、5年続けて歌ってきて、やっとそのレベルに達したということでもあります。毎年欠かさず歌い続けてくれるというのは、作曲者としてはかたじけないことこの上ない話ですが、これが1回か2回で終わりになっていたら、曲の奥のほうまでは届かずに済んでしまっていたということになりそうです。それを考えると、世の中には真価を知られることなく忘れられてしまう曲というのも多いのだろうなという気がします。これは作曲家にとって、かなり怖いことなのではないでしょうか。
児童合唱は、今回から、大人の合唱団コール・レジェンドと同じく、この公演のために公募されたものになったようです。「平塚 “うた大好き” フレンズコール」という名前で、人数もけっこう居ました。4曲ばかりに参加しますが、特に第1曲は児童合唱のみによる歌で、しかもけっこう規模が大きくなっています。単独で合唱祭などで歌ってしまっても良さそうな「児童合唱曲」なのでした。 冒頭、わらべうたのようなメロディが無伴奏で歌われますが、ここなど独唱にしてしまっても良いのではないかと思いました。児童合唱指導の神林多恵子さんに提案しておきました。 女声合唱が2曲含まれていますが、今回は女子高生が加わりました。平塚江南高校・平塚中等教育学校の各合唱部員が参加していて、彼女らは児童合唱の部分も歌っているのですが、今回、大人の歌う女声合唱曲も一緒に歌って貰ったのでした。若い分、声にパワーがあり、それが芯になってくれるので、合唱全体が若々しくなったと思います。特に第3曲「私はヴェガ」のほうは非常に良くなりました。もう1曲である第9曲「天の宮殿」のほうは、全体としてふわふわとした雰囲気が求められるせいか、これはむしろ女子高生が加わらないほうが良いのではないかとも感じましたが。 独唱の3人も、去年のリハーサルで聴いたときに較べると、ずいぶん役柄も歌いかたもこなれてきたという印象でした。今年は出演条件として「暗譜」が課されたようで、そのためもあったかもしれません。 第10曲「さだめ」と第11曲「氾濫」については、やっと私の求める迫力が出てきたように思われました。いままで、若干物足りないものを感じつつ、まあこんなものなのかなあと思い、私の書きかたが良くなかったのかと反省したりしていたのですけれども、今回の演奏を聴けば、やはり私の書きかたに間違いはなかったと確信を持てました。つまりこれも、私の意図が歌い手たちにきちんと伝わるまで5年を要したというわけです。そこまでの深みを持った曲なのだ、などと言うと口幅ったいようなものですが、この前の『セーラ』再演の様子なども思い合わせると、どうも私の作品というのは案外と、噛めば噛むほどに味がしてくるタイプなのではないかという疑いを持ちたくなります。 とにかく、終演後のレセプションでも、 「やっと曲が理解できてきた」 という合唱団員からの発言が相次いでいたのは事実です。 さて、数年後のオーケストラ版初演は、どのようなことになるやら。
なおその前に、「ミュージカル版」なるものが実現しそうな雲行きです。 ナレーターをしていた高森秀之さんが、『星空のレジェンド』に3回出演していたく気に入り、この作品をベースにしてミュージカルを作りたい、と言ってきたのでした。高森さんは本来は演劇畑の人で、自分で演技もすれば演出もし、さらにプロデュースまでやるという、かなりのやり手なのでした。なおうちのマダムは、まったく別の筋から、高森さんの出演している芝居を何本か観たことがあったそうな。今日本人を見てびっくりしていました。 オラトリオをベースにしたミュージカルというのが、どのように作られるものなのか見当がつきません。もちろんあらたに台本を書き起こすのでしょう。歌はいくつか活かすのか、何曲かは新しく書き下ろすことになるのか、そのあたりもわかりません。ミュージカルなら、歌のつかないダンスの曲なども必要でしょう。 先日、ホールリハーサルに顔を出したときにこの話を受け、好いんじゃないでしょうか、と答えておいたのですが、今日のパンフレットに、早くもそのミュージカル版の予告チラシが挟まれていたので唖然としました。年明けにはダンスの振り付けなどをはじめたいという意向のようでしたから、いくつか曲を書き足すということになると、今年の秋以降もけっこうタイトなスケジュールになりそうです。 しかしまあ、そういった形で作品に拡がりができてゆくのは、それはそれで面白い現象と言えるでしょう。仙台や茂原など、七夕祭りが有名な他の街での公演という可能性も、徐々に実現へ向かいつつある雰囲気でもあります。どうも『星空のレジェンド』という作品は、私の思いもよらないポテンシャルを秘めていたように思われます。
レセプションのあと、駅までクルマでお送りしましょうかと申し出があったのを断り、七夕祭りたけなわな大通りをぐるりと歩いてから帰りました。大変な人混みでしたが、マダムは喜んでいました。 ちょうど祭りが終わる20時に近く、東京方面に向かう電車はラッシュ状態と予想されました。けっこうくたびれているのにそんな電車に乗るのはイヤだったので、「週末おでかけパス」を持っていたのを幸い、一旦逆向きの電車で(これも思ったより混んでいましたが)小田原に出て、そこから上野東京ラインのグリーン車に乗って帰りました。再び平塚駅を通ったときには、プラットフォームの上の客はだいぶ減っていた模様です。しかし、赤羽まで帰ってきて電車を下り、普通の車輌を見ると、日曜の晩とは思えないほどの混雑でした。全員が平塚の七夕祭りからの帰りとも思えませんが、沿線に他のイベントもあったのでしょうか。料金は高かったものの、グリーン席に乗って正解だったようです。
(2019.7.7.) |