忘れ得ぬことどもII

「セーラ」作曲中(4)2幕2場なかば

 いろいろやることが多くて進展しなかった『セーラ──A Little Princess』の作曲が、ようやく追い込みにかかっている感じです。来月早々には主役オーディションもあるし、そろそろ形を決めなければならないと危機感を持ちはじめました。
 本来は2014年7月くらいまでには終わらせたいと思っていた作品なのに、もう4ヶ月くらい進行が遅れていることになります。自分のことながら、こう手間取るとは思いませんでした。
 他の仕事を一切シャットアウトしてこれだけに集中することができれば、もちろんもっとペースは上げられたと思いますが、現実問題としてそうもゆきません。他の仕事も、それぞれに理由があってその時期に入ってきてしまうわけなので、それらを断ったら私は干上がってしまいます。この期間の収入が無くなるというだけではなく、一旦断った相手から再度仕事を貰うということはなかなか難しいので、将来にわたってその相手からの仕事を失うということになりかねません。それはあまり好ましくない事態です。
 それで他の作曲や編曲や譜面作成などと並行して──というか交互に書き続けてきたのですが、ひとつながりの長い作品だけあって、ひとたび他の仕事のために中断すると、次につなげようとする時にあらためてエンジンをかけなければならず、どうしても効率が悪くなります。その点、楽章が分離している『星空のレジェンド』のような曲のほうが、「この楽章を終えたらしばらく中断」というようなことがしやすいようです。

 さて、現在の進行状況は2幕2場のなかばというところです。3幕もので各幕2場ずつなので、単純に考えるとまだ6割程度という感じですが、実際には最後の3幕2場はエピローグであってかなり短くなっています。しかもそのエピローグの中でいちばん手間取りそうなフィナーレの大合唱は、ファミリー音楽会で先行発表するためにすでに出来上がっています。そんなこんなを考え合わせると、おおむね4分の3くらいのところまでは来ているのではないかと思います。
 2幕2場は、女の子たちが大はしゃぎで踊り廻る場面があったり、いじわるな女の子のラヴィニアが悔悟するアリアがあったり、謎のインド人ラムダスの無言劇があったりして、それなりにボリュームがあるのは確かなのですが、踊り廻る場面の基本モティーフはすでに考えてあり、ラムダスの無言劇は既出のモティーフを展開する形で予定しています。これから心血注いで考えなければならないのはラヴィニアのアリアくらいでしょうか。これはひそかに『レ・ミゼラブル』エポニーヌのアリアに匹敵するくらいのものとして考えているので、いささか大変でしょう。しかしこういう大変さはさほど苦にはなりません。
 そのあとの3幕1場はなかなか厄介です。大雑把に言うと、悩める大富豪カリスフォード氏のアリアを中心とした部分、カリスフォード氏とセーラの二重唱を中心とした部分、弁護士カーマイケル氏とミンチン先生の掛け合い、ミンチン先生とその妹アメリアの掛け合いという風に重点が移ってゆきます。最初の部分には「セーラの手紙」とも言うべきアリエッタ(?)のようなものも附属しています。
 どの部分も、言葉の分量がかなり多いので、そのさばきかたを考えなければなりません。あまり早口が続くのも聴いていてつらいでしょう。二重唱くらいは切々と歌い上げたい気がします。このオペラには恋愛要素が全然無いのですが、この二重唱は擬似ラブソングのような形で作りたいと思っています。
 カーマイケル氏とミンチン先生の掛け合いは、ハイテンポで調子良く進ませたいと考えます。ハイテンポだと、定型的なリズムに乗せやすいので、作曲する分にはかえって楽だったりします。
 要するにまだまだ先はあるのですけれども、なんとなく全体が見えてきたというのが現段階です。

 2幕1場を仕上げたのが先週のなかばで、正直言ってこの時点までは、先が見えない感じで焦りを覚えていました。先週の木曜にあった板橋区演奏家協会の役員会で、せめてそこに出席するキャストにはその時に1場の終わりまで渡したいと思い、その数日前から馬力を掛けて頑張ったのでした。ちなみに役員会メンバーの中で『セーラ』への出演とその配役が決まっているのは、ミンチン先生(水島恵美さん)、アーメンガード菅原直子さん)、ロッティ佐藤真弓さん)、料理番宮内直子さん)の4人です。
 水島さんはこの題材でやると決まった時からミンチン先生役を予約していました。私としても、逆にイメージを描きやすく、ミンチン先生が歌うくだりはいままでのところほとんど苦労していません。
 アーメンガードという女の子はけっこうキャラが立っているので、これもわりとはじめのうちから菅原さんに決まっていたような記憶があります。ボケ役というか、何をやってもダメでみんなからバカにされているようなキャラクターで、それが適っているというと菅原さんに失礼かもしれませんが、そういうのを演じきれるのは彼女だけ、という言いかたなら良いでしょうか。
 ロッティは「小さい女の子」の役なので、とにかく小柄な真弓さんにお願いすることに……というとこれまた失礼かもしれませんね。もちろん柄の小ささだけではなく歌唱力も見込んでのことです。彼女は仕事の関係で、いままでオペラ公演にはほとんど出演できず、当日の字幕の操作などの地味な関わりかたばかりしていたので、今回ぜひ役を持って貰いたかったということもあります。
 料理番は、ソプラノ、メゾソプラノ、テノール、バリトンのどのパートでも良いつもりで作っています。演奏家協会はソプラノ過多な団体なので、ソプラノの宮内さんになりましたが、かなり下のほうもドスが利いた感じで響く人なので楽しみです。
 肝心の主人公セーラ、副主人公と言うべきベッキーが決まっていないのですが、これは12月3日にオーディションをおこなって決定します。毎年主役は協会内で決めてしまうのですが、このたびは外部にも宣伝して参加者を募集しました。結果、そこそこ集まったのですが、すべてセーラ役希望で、ベッキー役希望がひとりも居なかったのが残念です。たぶんオーディションでセーラ役を取れなかった人に打診してみることになることでしょう。ベッキーの他にも、セーラ役を取れなかった人の吸収枠として保留になっている役柄がいくつかあります。

 書いてみて、セーラ役は本当に大変だと思われます。何しろ出番が長く、歌う部分も格段に多いので、憶えるだけでも苦労するでしょう。さらにいささか優等生的な──ということは現代では主役としてはあまり好まれないタイプの──キャラクターを魅力的に見せるためには、かなり厳しい役作りが必要になりそうです。
 台本を書く上で、セーラの造形を原作よりは柔らかめにしたつもりです。原作では本当に完全無欠みたいなキャラで、まあ当時の児童文学の主人公というのは「実際にそこらに居そうな子」よりも「読者の模範になるような子」が求められていたようなのでやむを得ないこととはいえ、現代の眼から見ると

 ──ちょっとこれはいい子ちゃん過ぎないか?

 と思いたくなるようなところがありました。
 私の台本では、むしろセーラの「不思議ちゃん」ぶりを強調するような書きかたにしてあります。不思議ちゃんというと私は声優の広橋涼とか下屋則子なんかを連想してしまうのですが、とにかくちょっとぶっ飛んだ発想というか、常人には思いつかないようなとんでもないことを突然言い出すといったキャラと言って良いでしょう。単なる「天然」とも少し違うようです。
 また、父親を亡くし一文無しの孤児になったということで、それなりに自暴自棄になったりもします。ここでセーラを支えて復活させるのがベッキーという筋書きにしてあります。実は私は、原作もそうなっていたような気がしていたのですが、今回台本を書くためにあらためて伊藤整の訳本(新潮文庫『小公女』)を読んでみると、ベッキーはほとんどなんの役にも立っていなかったので少々失望したのでした。最初から最後までセーラに保護されるばかりで、ちっとも支えになっていないのです。というか、原作のセーラはそもそも支えなどを必要としていないように思われます。
 そんなわけで、おそらく原作といちばんキャラが違うのがベッキーでしょう。草の根の剄(つよ)さみたいなものを感じさせるような造形にしました。その点をもっと強調すれば、ベッキー役志願のオーディション参加者も現れたのではないかと反省しています。
 ともあれセーラのキャラクターを「完全無欠」から一歩引かせてみましたが、それにしてもいきなり劣等生にするわけにはゆきませんし、キャラの改変にも限度があります。「優等生だけど、ちょっと不思議ちゃん」という程度がぎりぎりいっぱいでしょう。はたして現代に通じる魅力が出たものかどうか。
 バーネットの作品はあと『小公子』『秘密の花園』くらいしか知りませんが、『小公子』のセドリックも完全無欠少年と言えそうです。『秘密の花園』のメアリに至って、ようやくワガママでむら気な扱いづらい主人公となりますが、その設定も冒頭だけで、じきにいい子ちゃんに変身してしまいます。
 こうしてみると、バーネットより30年くらい早く、劣等生(トム・ソーヤー)やらホームレス少年(ハックルベリー・フィン)やらを主人公にした児童文学を書いていたマーク・トウェインはずいぶん時代を先取りしていたのだと思います。

 なんとかオーディションまでに、2幕くらいは終わらせておきたいと思っていますが、さてどうなることやら。
 『星空のレジェンド』もあと5曲を残していますので、時間をうまく割り振りながら進めてゆくしか仕方がありません。

(2014.11.27.)

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